劇場公開日 2020年8月21日

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「心を浄化してくれるよう」糸 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0心を浄化してくれるよう

2020年8月27日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

幸せ

 中島みゆきの曲が3曲流れる。もちろん映画のタイトルでもある「糸」は何度も流れ、エンディングでは菅田将暉が熱唱する。残りの2曲は「時代」と「ファイト!」である。特に「ファイト!」の使われ方がよくて、辛い体験をしたあとにカラオケで歌われるのが印象的だ。本作品はこの3つの曲の世界観を融合させているように思う。中島みゆきには突き放した厳しい歌もあるが、優しい世界観の歌もある。本作品は少しだけ優しいほうの作品になっている。北海道出身の中島みゆきにちなんで北海道が舞台なのもいい。

 中学生のときに知り合った男女の18年間に及ぶ物語である。出逢ったときから問題を抱えていた少女と彼女を助けようとする少年。麗しくも辛くて儚い恋は、その後の二人の人生に心の灯となって燃えつづける。それは幸せだがやるせない記憶であり、そして生きていく拠り所でもある。二人の中で灯が燃えている限り、二人はずっとつながっている。タイトルの「糸」を上手に昇華させた見事な作品だ。

 瀬々敬久監督は前作の「楽園」ではムラ社会に追い詰められる他所者の悲劇を冷徹に描いてみせたが、本作品では打って変わって人の優しさを描く。キーワードは「泣いている人がいたら抱きしめてあげなさい」である。この台詞を言う桐野香を演じた榮倉奈々は、このシーンだけでも十分に演じた意味があった。
 小松菜奈は上手い。大泉洋と共演した「恋は雨上がりのように」の女子高校生役は出色の演技だった。この人は目が大きなライオンみたいな顔で、何を考えているのか微妙に判らない印象がある。そのせいなのか、得体の知れないような、吸い込まれそうな魅力に溢れていると思う。少女時代を演じた植原星空にも似た雰囲気がある。本作品の不幸な少女時代を背負った悲しいヒロイン園田葵には二人ともぴったりだった。
 そしていまさら言うまでもないが、菅田将暉の演技は天才的で、どのシーンを見ても主人公の心の奥に園田葵がいるのが分かる。もはやどう見ても菅田将暉ではなく高橋漣にしか見えない。他人の不幸を真正面から受け止め、ひたすら誠実な生き方をする主人公に感情移入する人は多いだろうし、人から受けた親切を忘れない健気なヒロインに感情移入する人も多いだろう。鑑賞時は女性客がとても多かったが、物語が進むにつれてたくさんの人が泣いていた。
 生と病気と死、出逢いと別れ、信頼と裏切りなど、多くのテーマが共存した作品で、高橋漣と園田葵のそれぞれの物語にいくつものテーマが鏤められている。そして力強いストーリーが観客をグイグイと引っ張っていく。濃密で奥行きのある作品であり、悲しくも美しい恋の物語は心を浄化してくれるようであった。

耶馬英彦