「恋模様と悪しき世界の縮図、内在化された社会の怖さを突く傑作」猿楽町で会いましょう たいよーさんさんの映画レビュー(感想・評価)
恋模様と悪しき世界の縮図、内在化された社会の怖さを突く傑作
強い衝動に襲われ、言葉を失っている。夢のための生産と消費、節々に輝く光と黒くかかる影。若者の無垢と汚れが付いていく過程の拭えない痛みが心を抉る。
猿楽町は、渋谷の都会らしさと住みづらくも敷居がそう高くないような住居が詰まった絶妙な空間。そこに暮らすフォトグラファー小山田が出会ったのは、無垢で眩しくも粗さの残るユカだった。体は許すことのないユカとの不思議なボーイミーツガールが、次第に暗い影を落とし始め…。彼女に嘘が見え隠れし始める。
この作品の恐ろしいところは、決して取り繕った嘘ではないことである。章立てされた3つのチャプターに、それぞれが知らない事実が浮かび上がる。時に荒々しく、時に静かに、二人の日々に不穏な空気がはびこる。そこには、内在化された男女格差とジェンダーバイアスの元で構築される搾取の関係が映る。それぞれが意図して、あるいは偶然を装って…。ユカの夢に対して消費される心。幾ばくもなく消費されていく。ユキが繕って頑張って振り向いてほしく振り向いてほしくて…ここまで苦しい濡れ場を観たのは初めてかもしれない。
そんなユキを演じるのは石川瑠華。桜井日奈子に何処となく似た彼女だが、次第にそのポテンシャルに飲まれてしまった。どれだけ箔に傷が付けばいいのだろう…と目を覆うように涙が溢れた。嘘のために重ねた体は、小さくて脆くて痛かった。そして、その傷は自身でも分かっているほど見るに耐えない。インタビューが暗に写すから、一層言葉を失った。そんなユキとボーイミーツガールをするのは、金子大地。個人的には大ブレイクの若手俳優。ファインダー越しに映る彼女に、どんな表情を浮かべていたのか、それを気づけたのだろうか。他にも、ヒールが似合う前野健太に、現実でもブレイク女優の小西桜子など…豪華な役者で無情な世界を作っている。それが何とも怖くて、逃げ場がない。
そんな世界を作った児山隆は、CMなども手掛ける実力派。小さな世界の痛みを巧みな演出で引き立てている。ブレたカメラワークやぶつかり合うふたりの間に迫る描写など、その時々の空気を壊さずに引き出す絶妙さが光る。これはもう一度観なくては。
現実の街で揺れる想いと痛み。最後の主題歌、春ねむり「セブンス・ヘブン」が作品のしわを整えて締める。これは凄いものを観たと感服。そして、その痛みに社会全体が気づかなくてはならないと思った。