「色々できるのは分かったけど、何がしたいのかは分からない話。けど佳作。」猿楽町で会いましょう 東鳩さんの映画レビュー(感想・評価)
色々できるのは分かったけど、何がしたいのかは分からない話。けど佳作。
若い恋人同士のキラキラ青春恋愛ムービーかと思いきや、人間の秘密や嘘や性欲といったゲスい暗部をこれでもかと炙り出してくるのは良かったです。逆に好感が持てました。
東京国際映画祭スプラッシュ部門にノミネートされるインディペンデント系低予算映画は、ポリコレの時代とは思えないぐらい昭和ストレート暴力な「ケンとカズ」とか、登場人物全員が常に感情的でネガティブなことを喚き散らしているだけのアホ「タイトル拒絶」とか、俺の高校じゃないからお前の高校の卒業アルバムに興味ねぇよ「佐々木インマイマイン」とか陳腐で古くさい作品ばかりだと思ってました。
若い才能としてこんな作品を好んで選出するようじゃ邦画はアメリカはおろか韓国にも二度と勝てないなと思わされてばかりだったんですが、「猿楽町で会いましょう」が選ばれているならまだ邦画の未来には救いがあると思い直すことができました。
ただ、この映画自体には本当に救いが無くて、それはどうなのかなと思いました。
伏線を綺麗に回収する円満ハッピーエンドも嘘くさくて困るんですが、映画は大衆が見て初めて成立する芸術です。
だから、ここまで救いの無いラストを好んで見たい人も少数派だし、この先は興行成績も伸びないんじゃないかと思います。それが非常に勿体ないなと。
監督さんはこれが映画初監督でも映像ディレクター出身だけあって画の切り取り方とか編集にセンスもあるのも分かるし、なんとかゾンビーズみたいに目障りな演出も無かったし。また映画を撮って欲しい人材だなと。
ただ、毎回こういう救いの無い映画を撮られるような監督さんならば、私も次は見ないでいいかなと思います。
構成についてです。
男側のA面(現在)、女側のB面(過去)をパート分けして描く、小説によくある叙述トリックみたいな構成だったんですが、それがドラマ性を高めることに繋がっていません。
このシーンとこのシーンが繋がるのか、このセリフはこのセリフと繋がるのか的な伏線はあっても、要はただの長い回想でその次の展開に全然行かないから、「そうだったんだ。で、それが何なの?早く次を見せてよ」程度の印象しか受けませんでした。
凝った構成や伏線がドラマ性を高めることに繋がっていないせいでそんな印象になってしまいます。というか、そもそもこの作品にはドラマ性がありません。ストーリーはあってもカタルシスがないからです。作家の視点が欠落していると言ってもよいです。
C面というべきか男側目線に戻ったときに、女側の秘密や嘘に男がなかなか辿り着かないのもその一因です。
こっちとしては、女の秘密や嘘を知った男がどんな感情になるのか、今度はどういうアクションを起こすのかが見たいのに、それがドラマ性を高めてカタルシスが氷解するラストに繋がるはずなのに、ようやく男が女の秘密や嘘を知ったと思ったら、そこでもう映画が終わってしまいました。
男がメンズエステに行って人違いで引き返すシーン、観客は男が女に会ってどんなアクションを起こすかが見たいのであって、ただの脇役がメンズエステに辿り着くシーンはどうでもいいんです。
一見のガールズバーで脇役に心情を語る男は不要で、その心情を女に直接ぶつけるシーンが見たいわけです。
構成のテクニックがあることは分かりますが、サッカーはリフティングが上手いだけでは勝てません。泥臭くても1点を取れるような脚本が必要です。
ここまで嘘や秘密だらけの彼女でも、それでも愛そうとする男とか、こんな彼女でも他の誰にも無い長所が1つだけあったとか、そういう話だったら作家の視点を感じられるんです。
が、彼女が浮気もするしメンズエステで働いて、権力者に性接待もしていたから別れを選ぶ男っていうのは、ごくごく当たり前の話でしか無いんですよね。
現状はごく当たり前の話を、彼女の秘密と嘘をわざと回想で遅らせてオープンにして、ロケーションやカラコレで画を綺麗に見せているだけなんですよ。
監督の演出力と役者に対する愛情についてです。
監督に映像センスがあるのは分かりましたが、感情の演出は出来てないようです。
元々脚本やキャラクターの性格の問題もありますが、登場人物に一切共感が出来なかったです。
こちらは最後まで一歩引いたまま、他人事のようにしか感じませんでした。
演出で登場人物の感情を適切に推せていれば観客も同じ感情に乗れるんですが。
これは映像系出身の監督に共通の欠点ですね。
ドラマや感情を演出するんじゃなくて、自分のテクニックを見せたくてどうしてもカッコイイ画、綺麗な画を優先してしまうという。ここぞというポイントでアップじゃなくて引いた画を多用するという欠点です。
あと、監督は役者に愛が無いと感じました。
金子大地さんも石川瑠華さんも演技を頑張っていて将来が楽しみな役者さんだと思いましたが、特にあそこまでクズに描かれたまま救いが無く終わった石川瑠華さんを好きになる観客がいるとは思えません。
最初がとてもチャーミングだったので、その落差もあって好感度がかなり低いところまで行ってます。それがとても可哀相に感じました。
物語の中だけを描くのではなく、役者の人生まで描く、役者の将来を考えてあげて初めて監督じゃないでしょうか。
せめて、石川瑠華のキャラに共感出来る動機があれば……。
タイトルについてです。
「猿楽町で会いましょう」というタイトルが全く作品の内容を表していないです。
テーマやジャンルが明確になる良タイトルをつけていれば、もっと見に来る人も多かったんじゃないかと思います。(そもそもテーマが分かりませんでしたが)
そして、猿楽町を選んだことが作品に生きていません。
円山町でも宇田川町でも鶯谷町でも代官山町でも成立します。
実際に猿楽町でロケしたと思われるシーンも2、3シーンしか無かったし、シーンは違えど同じ猿楽町の交差点でしたし。
なんなら渋谷駅周辺のシーンばかりが目立ちました。
夜の246号線陸橋とか恵比寿との中間にある歩道橋とか高速から見た東京タワーとか夕暮れの海とか、そういうシーンの画力が強くて、数少ない猿楽町交差点のシーンが画力で負けてるんですよね。それが勿体ない。
クレープ屋なのに、流行りだからってタピオカミルクティーに力を入れ出したような節操の無さを感じます。クレープの味で勝負しないと。
映画だからと言って、海とか東京タワーとか夜景にすぐ飛びつかないでいいです。
タイトルに猿楽町と付けたならそこのロケーションを一番引き立たせるべきで、他のロケーションは引き算で計算するべきだったと思います。
これも演出力の欠如です。
結論。
凝った脚本も書けて人間の暗部も描けて、画の切り取り方とか編集にセンスもあるのも分かりました。ですが、ストーリーにドラマ性もカタルシスも無くて、肝心の描きたい物が何だったのか察することは出来ませんでした。
劇中のセリフを借りると、「色々できるのは分かったけど、何がしたいのかは分からない」話でした。
けど佳作です。