「彼女にお金が必要な理由」朝が来る f(unction)さんの映画レビュー(感想・評価)
彼女にお金が必要な理由
【登場人物】
・妻
・夫
・息子(養子)……幼稚園児
・実母
【映画の構成】
前半……東京の夫婦が養子縁組を行うまで
後半……奈良の14歳少女が出産し、子供を養子に出す。家出した彼女は東京で困窮した生活を送る
【映画のポイント】 「14歳で出産しただけ」で、女性のその後の人生が決定づけられてしまう。そのような旧来的社会設計の問題点が浮かび上がってくる。
だから彼女は、「子供を返して」だけではなく「お金をちょうだい」とも言わざるを得ないのだ。
【映画の構成について】 映画の大半が、過去の回想によって占められている。現在で起こる出来事は、たった2つ。
①ジャングルジム事件……養子の息子が他の園児をジャングルジムから落としたのではないか?という疑惑が生じる
②養子の実母が「息子を返してほしい」と夫婦に連絡してくる
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【あらすじ:前半】
職場結婚をした夫婦。夫は「家族がほしい」と言うが、検査の結果「無精子症」であることが判明。睾丸内で精子は生成されているが、精管が詰まっている可能性が考えられた。そのため睾丸を切開し精子を取り出す手術を予約。だが夫は手術に踏み切ることができず、不妊治療を諦める。
妻は、そんな夫に対し「2人で生きよう」と声をかける。
それでも夫は子供を持つことにこだわり、養子縁組の利用を考える。妻も同調。養子縁組仲介のNPO法人「ベビーバトン」を通して1人の男の子を授かる。
ここで養子縁組の条件は
①真実告知:養子に対し、小学校入学前に実母の存在を告知すること
②共働きはNG
そのため妻は会社を辞め、専業主婦となる。
経済的な負担はそこまででもなく、タワマン30Fに住み、外車を所有していた。
息子はすくすくと育ち、現在幼稚園児。まもなく小学校入学を迎える。
2歳のときすでに真実告知を済ませ、周囲からも養子としての理解は得ていた。
そんなある日、自宅にかかってきた電話から、「子供を返してほしい」「それかお金をください」という言葉が聞こえてくる。
★妻は、夫を気遣い、基本的には黙って付き従うか同調するのみで、本人の意思がセリフに表れてこない。妻の側から、夫に行動を促したり希望を伝えたりすることがない。(妻の要望が私は知りたい)
★夫が子供を持つことにこだわるモチベーションは何?子供を持つことが、妻と一緒にいる条件だと思っていた?
★妻もきっと子供は欲しいのに、どうして「2人で生きていこう」と言えてしまうんだろう
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【あらすじ:後半部】
奈良で暮らす中学生のひかり。バスケ部の彼氏ができるが、妊娠してしまう。妊娠判明時点ですでに、堕胎可能な期間を過ぎていた。そこで両親は、生まれてくる赤子を養子へ出すことに決める。その仲介役となるのが「ベビーバトン」だった。
広島県内にあるベビーバトン所有施設で、ひかりは、出産を待つまでのあいだ寮生活を送った。
出産後。実家に帰るひかり。姉は奈良学園(県内トップの私立進学校)へ進学し、京都大学を目指して受験勉強していた。
両親のひかりに対する期待も、姉と同様の進路を取ることだった。だがひかりは姉と同じ道はとらなかった。
近所の食材販売店でアルバイトする彼女。ある日親戚の放った一言が決め手となって、家出する。
東京では新聞配達のバイトを行うが、同僚が借金取りに追われ、書類を偽造し、ひかりを連帯保証人にして夜逃げしてしまう。借金を負わされた彼女は上司からお金を借りて返済する。
追い詰められた彼女は、自分の息子の里親に連絡し、「子供を返すか、お金をちょうだい」と要求するのだった。
(本来里親の連絡先を実母が知ることはない。ひかりは家出した途中で居候したベビーバトンの寮で書類を盗み見た)
★妊娠させた彼氏は何事もなく高校へ上がっている。「産ませた」側がリスクを背負っていない。(コンドームを装着するだけでよかったのではないか?とも思うが、初潮を迎えていなかったという事情が設定されている)
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【物語の大半は回想】
物語の大半は、夫婦視点での過去、実母視点での過去と回想によって占められており、現在の出来事ではない。
唯一現在進行形なのは、ジャングルジム事件と、実母訪問のみである。
【メモ】
・単に「子供を返して」だけではなく、「お金をちょうだい」と言わざるを得なかったのはなぜなのか。だって物語は、電話で要求するところで終わるから。ひかりが夫妻を訪問したところで終わるから。その先の展開がないから。それなのにどうして、作者はお金を要求させたの?
・ひかりの妊娠は、否定的には描かれていない。純粋な愛の結末。幸せの頂点。肯定的かはわからないし、ましてや推奨はしていない。ただ幸せな結果として初めての性交をしている。
・妊娠自体に罪があるのではない。養育という実際的な問題だ(費用の用意と、養育者の確保)。および現在「誰もが歩むべき」とされる小中高大就職という理想的な進路のなかに養育費用・時間確保の期間が組み込まれ得ないこと(何歳でこれをやらなければいけない、と決まっていること)。そのような旧来的社会設計を規範化した人々が、「ハズレ」た個人を疎外すること。「こんな社会だったらいいのに」という個々人の願いだけでは環境を変えられないこと。「みんな同じ生き方をするべき」という前提。
・そんな前提を受け容れられなかったひかり。受験には間に合ったかも知れない……姉と同じように進学校に合格し、有名大学へ行けたかも知れない。でもそれは、出産した自分を疎外する人々の側に立つことだ。
・映画のテーマ『アサトヒカリ』
・ジャングルジム事件の必要性→子供の発言の真偽を見極めようとするとき、我が子が「本当の子供」であるかどうかに考えがおよぶ。それがマイナスに働くと、子供に嘘をつかせたり、謝らせたり、という方向にはたらく。(そうして子供がグレていく)だが今回は、そうなる前に、我が子の発言が真実であるとわかった。
・子作りに関して、妻の感情が隠されている。本当は子供が欲しいんじゃないの?離婚はしないの?妻は、基本的に肯定するだけ。主体的に夫を引っ張ったり、行動を促すという描写がされない。もっと彼女の考えが知りたい。妻の感情が溢れるのはラスト。
・産めなかった母と産んだ母との邂逅。妻は、前述のような社会規範に従ったにもかかわらず、産めなかった。産んだ母親は規範からハズれてしまった。
・みんな演技がめちゃめちゃ上手い。邦画アレルギーが解消された
・井浦新の酔いどれ演技が神がかっている。(子供らしくおどおどしたり、家族が欲しいと建前ぶちあげたり、実母に対峙したときは頼りがいがあったり。典型的な男の子って感じだ)
・新聞配達の事業所の店長の涙の演技がいい
・子役が神
ラストは劇場で観てください。