劇場公開日 2020年10月23日

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「知ってた? 海って一つしかないんだよ。」朝が来る 栗太郎さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5知ってた? 海って一つしかないんだよ。

2020年11月1日
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鑑賞方法:映画館

突然目の前に現れた、あまりにも落ちぶれたヒカリ。夫婦は、彼女を立ち直らせようとあえて突き放したのか、と、はじめ僕はそう思った。だけど違っていた。あまりにも姿を変えて現れたヒカリを本人と気付いてさえいなかったのだ。だから、まったくの恐喝と信じて、朝斗を守ろうと対峙した。なぜなら夫婦にとって朝斗はかけがえのない宝物なのだから。二人はこれまで、朝斗の真実と向き合ってきた。朝斗に対しても、真実を隠さずに接してきた。朝斗を大事に大事に育ててきた。この先だってそうだろう。「これからも読み聞かせます」なんてとてつもなく強い意志を感じた。その勢いに、ヒカリは屈したのだ。
だけど、僕はヒカリを責める気分にはとてもなれなかった。ちょっとしたつまずきから、順調に行くはずだった人生を中学生やそこらで転落してしまった彼女の人生を目の当たりにしたあとだから。顔を落とし、目線を合わせる気力もなく、不良のような風体に見えた彼女だったのに、彼女の人生を追いかけたあとには違って見えた。”なんでもできる”ジャンパーを着て、勇気を振り絞ってやって来たことが痛いほどわかるから。
ヒカリを追い払ったあとに見つけた、消してしまった「なかったことにしないで」の言葉。ヒカリは、産んだことを後悔はしていなかった。むしろ、会いたいくてやって来たんだ、とサトコも、そして僕も気づいた。ずーん、ときたなあ。

河瀬監督の演出にも毎度堪える。
太陽の光を巧妙に使う。柔らかく降りそそぐ優しさにもみえて、揺れる思春期の戸惑いの心にもみえて、見通しの利かない不安な未来にもみえて。
劇中に若い二人が歌う歌も、センチメンタル。映画の主題歌にもなっている。エンディングで流れ、

♪可愛い人 愛しい人 美しい人 守りたい人
 この瞳が光を奪われても
 きっと君を探し出すよ 必ず君にたどり着くよ

夫婦と、朝斗と、ヒカリに寄り添った見事な楽曲だと思えた。
そしてテロップで見つけた曲のタイトルは「アサトヒカリ」。 ここにも巧妙な仕掛けがあった。いく通りにも解釈ができて、エンディングを見ながら、監督の言いたい意味を探っていた。
そこまでかと思ったところに、ぼそりと聞こえた「会いたかった」。
だめですよ、そんなに僕の心を乱しちゃ。

栗太郎