「金子勇とオッペンハイマー」Winny レントさんの映画レビュー(感想・評価)
金子勇とオッペンハイマー
先日、戦後最大最悪の冤罪事件大川原化工機事件の判決が出たので思い立って本作を鑑賞。
物語は著作権侵害幇助の罪で起訴されたウィニー開発者金子氏と警察の裏金を告発した仙波氏の話が同時進行で描かれる。この二人が劇中絡むことはないが、ウィニーが二人の運命を共に左右する。
金子氏は支援者や弁護団と力を合わせて無罪を勝ち取り、仙波氏の告発もウィニーにより捏造資料が流出したおかげで認められ、観客はこの結果にカタルシスを味わえる。そして警察検察による違法捜査違法取り調べにより冤罪が生まれるシステムと国家権力によって貴重な科学技術の発展が妨げられたというメッセージもわかりやすく伝えられる。
ただ、本作は金子氏の弁護を務めた檀弁護士側からの視点で描かれていて、警察検察側が悪という典型的な構図だけで語られてる点に少々引っかかった。
特に劇中、著作権法119条は親告罪(平成30年に非親告罪に改正済)にもかかわらず原告が警察というセリフに違和感を覚えた。ちなみに原告とは民事裁判における概念であり刑事裁判では原告という概念はない。強いて言えば刑事裁判では検察が原告にあたる役割を果たす。この点は脚本上のミスだろう。
弁護団は親告罪でありながら被害者ではない警察が原告(告訴した)なのはおかしいと言う。
しかし、すでに正犯の二人は起訴されてることからわかる通り、著作権法侵害の被害者が告訴をしてるわけで告訴不可分の原則(刑事訴訟法238条)から親告罪の起訴要件たる告訴は共犯者たる幇助犯に及ぶため、金子氏を起訴することは可能だ。だからあえて警察が金子氏を告訴したかのような話はそもそもおかしい。
このセリフや愛媛県警の裏金疑惑の証拠たる捏造資料がウィニーによって流出した件と合わせることで、不正が流出するのを恐れて警察が金子氏を無理やり起訴したという印象を観客に与える狙いがあったと思われる。
また、弁護士は被告人の利益にという原則があるように被告人たる金子氏が不利益となる事実は表には出さないので、金子氏が清廉潔白であるかのように本作では描かれている。
確かに警察などの取り調べにおいて自白強要は今でも行われてるだろうし、金子氏のような世間知らずの人間が劇中のような調書を書かされるなんてことは十分あり得る。違法捜査違法取り調べはいまだにおこなわれてる。そういうさまをみせられ、また裏金問題も絡めて描かれてるので金子氏が善、警察検察組織が悪という構図はわかりやすく観客には受け入れやすい。
しかし、金子氏が完全に清廉潔白な人物だったかは疑問が残る。もちろん彼に悪気はなかったとしてもウィニーの危険性を十分理解しながら流布してしまった点に全く落ち度がなかったといえるのだろうか。結果的にそのせいで二人の犯罪者を生んでしまったわけだし、被害額も数十億円ともいわれている。悪用される可能性がわかっていながらそれを単に悪用せぬようにとのメッセージ付きで流したことで罪が全くなかったといえるのだろうか。
本作では金子氏は開発者でありことさらに純粋無垢な存在として描かれる、世間知らずで朴訥な人物として。確かに開発することが生きがいであり不当に利益を得る目的はなかったかもしれない。ただ、その世間知らずな純粋無垢さがあえて言えば罪といえるかもしれない。
オッペンハイマーは原爆を開発中はただ科学者としての知的探求心から、そして自分の能力を発揮できることにだけ喜びを感じて研究開発に没頭した。その結果それが何を生み出すかまでは考えずに。何万人もの人間を一瞬で殺せる兵器を開発してしまったことに生涯後悔の念で苦しむことになるとも知らずに。
純粋な科学技術開発への思いは確かに罪ではないかもしれない。しかしそれが時として大罪を生む結果となることも事実だ。
金子氏のウィニーは同様のソフトウェアと比べても悪用される可能性が特に高いものだった。それをわかっていながら流布したことに一切の罪がなかったといえるだろうか。
裁判では幇助の罪が問われた。これは幇助の故意があったこと、特に本件では未必の故意があったかが争点となっていただけに、それを検察側が立証するのはかなり難しい。そもそも立件さえ難しいのだ、だから警察は故意があったかのような申述書を書かせてまで逮捕している。
人の心の中はわからない、だから客観的な証拠が必要になる。本件ではそれを裁判で提示できなかった、だから結果無罪となった。これはあくまでも裁判上無罪ということに過ぎない。
本作は純朴で無垢な開発者が悪の国家権力から勝利を勝ち取るという単純な構図で描かれているだけだったので、金子氏の功罪についてもう少し掘り下げて描いてほしかった。
検察権力が犯罪事実を明るみにして法で裁くと同時に人権を侵害する危険性をはらんでるのと同様に科学技術の進歩が人の生活を便利にするとともに人の権利や命を奪ったりもする。そういった、テクノロジーも諸刃の剣になり得るという危険性が描かれていればよかった。
ちなみにもう一人の主役である仙波氏が暴いた愛媛県警の裏金事件。このせいで本作は松山市では公開されなかったらしい。
仙波氏いわく裏金作りのために冤罪が生まれているという。犯人をでっちあげなければ捜査費用の名目で裏金づくりができないからだ。愛媛県警の過去の冤罪事案など検索して見てみるとそれは酷いものだつた。公にされてないだけで全国の警察で裏金づくりがなされていることから同じ様に冤罪も全国で生まれているのだろう。正直、この国に暮らしてることにかなりの恐怖を覚えた。仙波氏の闘いはこれはこれで一つの作品に十分なりうるものだと思う。
朴訥なキャラクターを演じた東出君を筆頭に役者さんたちの演技がすごくよくて娯楽作品としては完成度が高い作品だった。ただ前述のように引っかかる部分があって純粋に感動したとまではいかなかった。
大川原化工機事件の映画化を是非とも望む。