「全世界が主人公を中心に回る独善的な世界の話」パリに見出されたピアニスト 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
全世界が主人公を中心に回る独善的な世界の話
こういう言い方は非常に失礼だと承知の上で、率直な第一印象としてこの映画を見て真っ先に思ったのは「素人が書いたような脚本だな」と言うことだった。かく言う私自身が素人なのだから何を言うのだ?という感じだけれど、物語の設定から展開から何から何まで、まるで初めて脚本を書いた人の物語を見ているような感覚だった。
素行の宜しくない青年には音楽の才能が有り、駅に置かれたピアノを弾いているところを音楽院のディレクターからスカウトされ、本人にその気はないのにあれよあれよとコンクールに出場することになり、結果大喝采を浴びてハッピーエンド・・・なんて話をまさか今更プロの作家が書くだろうか?ということだ。ましてや終盤の盛り上がりが足りないからと、無理やり恋人たちを喧嘩させ、夫婦には離婚話を持ち出させ、挙句の果てには最も罪のない弟を命を淵に立たせる無神経さ。いずれもストーリーにおいては特別な意味を齎さない展開に過ぎない。
加えて私はこの映画の「全世界が主人公を中心に回っている感」に堪えられなかった。主人公マチューに関して言えば、作中において本人は何一つ決断をしていない。ピアノのレッスンを受けるもピエールの決断。ピアノを辞めるもピエールの妻の影響。最終的にコンクールに出るも母の発言から・・・と言う具合に、彼にはまったく主体性がないしピアノに対する情熱が感じられない。そんな何の意欲もない主人公に周りが懸命にお膳立てをして彼を焚きつけ続けその結果彼の才能が見事開花する、だなんて話、何が面白いのだろう?「へーよかったね(棒)」である。
寧ろ私は、幼少期からマチューよりも遥かに努力を積んできたであろうライバルの青年(名前はミシュレだったかな?)の方が不憫でならなかった。ストーリーの都合上マチューを脅かす敵役のような立ち回りだったけれど、いやいや地道に努力を積んで音楽院に入学しコンクールの最有力候補まで伸し上がった勉強家であって、ピエールの独善的な思い入れで特別処置で編入してきたマチューの方がよっぽど敵役じゃないか、と私はずっと思っていた。
ただこの映画は愚鈍過ぎてそういう部分にまったく配慮しないし気づきもしない。ひたすらマチューのサクセスストーリーを喜び勇んで描くばかり。だからすべてがマチューを中心に回る世界の物語になってしまった。
こういうストーリーをフィールグッドムービーとして成立させる筆力を持った脚本家もたくさんいる。しかしこの映画にそれはなかった、ということだ。