劇場公開日 2019年6月21日

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「見方によって全く形を変える多重人格ドラマ」ジョナサン ふたつの顔の男 しずるさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0見方によって全く形を変える多重人格ドラマ

2019年6月26日
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怖い

知的

彼らはひとつ部屋で暮らしている。
ジョナサンは朝7時に目覚めてランニングの後仕事に行き、夕方までには帰宅、家で食事をとり、眠りにつく。ジョンは夜7時に目を覚まし、夜間の仕事やジムでの運動の後、朝7時までに眠りにつく。
二人の生活は交わる事はない。一日の出来事全てを、ビデオレターとして相手に残し、情報を共有している。
隠し事は禁止、嘘を吐かない、恋人は作らない。ルールに従った規則正しい生活共有。
しかしある日、ジョンに恋人ができ、それをジョナサンに隠していた事が発覚する。ルール違反をなじり、恋人との別れを強要するジョナサン。
互いへの信頼の綻びが、徐々に二人の関係や生活バランスを崩していく。

一人の女の存在が、二人の男の関係を壊していく。ドラマとしてはありきたりの設定だ。しかしこの愛憎の拗れが、この作品では、一人の人間の内側で繰り広げられる。
一つの体をきっかり一日の半分ずつ共有する、正反対の別人格。互いを気遣い、相手の好物を買い、女の存在に揺れ動く二人の関係は、二人が口にする兄弟の域を越えて、まるで同姓の恋人同士であるかのようだ。
ビデオを残さなくなったジョンを、戻らないと表現し、「寂しいよ、帰ってきて」と呼び掛けるジョナサン。一日空いたビデオレターに、「大丈夫か?」と心配を覗かせるジョン。確かにここにいる筈なのに、ビデオを介してしか存在を確かめられない。
別の個体としての個性と意識を持ち、自分の生き方を見出したいのに、肉体はゼロ距離、しかも互いに抱き締めて愛情を伝える事もできない。共依存と脱却の間でもがき苦しむような、二人の関係。

映像は、常にジョナサンの視点で流れていく。ジョンの姿は、彼の残したビデオレターの中にしか現れない。だからこそ、そのビデオが途切れてしまうと、ジョナサンにも観客にも、ジョンの行動や思考は全く窺い知れなくなってしまう。
自分の認知できない間に、何が自分に起こっているのか、知り得ない不安。明日の目覚めは訪れるのか、眠りにつく事への恐怖感。
プツリと物語を断ち切るフィルムの暗転が、効果的にジョナサンと共に観客をも追い詰めていく。

二人の別人格を、服装や髪形だけでなく、表情や語り口を駆使して巧みに演じ分ける、アンセル・エルゴートの演技は
必見。
登場人物も少なく、殆どが自宅や職場、ビデオを介した二人の会話で進んでいく。よくある筋立てとごく狭い範囲の映像構成なだけに、その表面だけを追うと、つまらなく感じてしまうかもしれない。
しかし、観客が何処に注目し、どんな感情移入をするかによって、サスペンス、スリラー、心理劇、ラブストーリー、ヒューマンドラマ…。様々な表情が浮かび上がってくる作品であるように思う。

ラストシーンの解釈も、人により全く変わるだろう。台詞のままに捉えれば、ごく単純な結末なのだが、作中、何に焦点を当ててるのか…と思うような、不思議なアングルで切り取られるシーンがあったりもするので、もしや何かの伏線情報が…と、深読みして、もう一度じっくり見直し、考えたくなってしまうのだ。
私にとっては、多面的で謎めいた、不思議で面白い触感の作品だった。
もっぺん見ようかな…。

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しずる