「幸運と不幸が交錯する人生を歩んだ、あるドイツ兵の成功の影」キーパー ある兵士の奇跡 Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
幸運と不幸が交錯する人生を歩んだ、あるドイツ兵の成功の影
第二次世界大戦に従軍したドイツ兵バート・トラウトマンがイギリス軍の捕虜になりながらも、持ち前のサッカーの素質を買われ、そのままイギリス・サッカー界で大活躍する国民的英雄の伝記映画。そこにはナチス・ドイツを敵視する戦後の差別意識に晒される苦難と戦中犯罪の良心の呵責に苛まれる人間性含めた心の葛藤、そして最愛の子息を事故で失う夫婦の悲劇があり、単純な成功者の人生ドラマにはなっていない。この幸運と不運が交錯する人生を送ったトラウトマンについて何の知識も無かったが、映画で出会わなければそのままであったろう。その意味でこの作品に出会えたことには感謝したい。戦争が無ければ母国で何の差別も無く、戦後ドイツのサッカー界で活躍したと想像するが、そう言い切れないのも、また人の生きる道であろう。人生のめぐり合わせについて、興味深く観ることが出来た。
ただし、この実話を基にした脚本は事実を克明に再現する丁寧さと分かり易さがありながら、最終的に受ける感想は、実子を失った夫婦の破局が大きく占めて作品の意図が分かりにくい。マンチェスター・シティFCでの栄光の軌跡よりも、また戦後の混乱期に敵国同士の男女が結ばれる恋愛ドラマよりも、戦争犯罪を見逃してしまったトラウトマン個人の後悔の念が重く強いのだ。このフラッシュバックで何度か登場する、ある少年の存在感が異様に強調されているからであり、それをトラウマとするトラウトマンの再起が描かれていないからだ。史実に忠実である記録性とは別に、脚本家と監督にはもっと伝えたい事への拘りと表現力が欲しい。
展開の描き方が全体に平坦で、演出にもメリハリが弱い印象を持った。特異で過酷な人生を歩んだ実在のトラウトマンへの関心だけに終わってしまった作品である。主人公トラウトマンを演じたダフィット・クロスは「愛を読むひと」以来の見学だが、特に輝きのある演技は観られなかった。これは、監督のマルクス・H・ローゼンミュラーの演出にも問題がある。イギリス人に囲まれた一人ドイツ人の個性表現が弱い。妻マーガレット・フライヤーを演じたフレイヤ・メイヴァーは殆ど化粧なしの素顔で押し通し中々の役者振りを見せるが、一番存在感があったのは父ジャックを演じたジョン・ヘンショウだった。「リトル・ダンサー」のゲイリー・ルイスも友情出演のような役柄で見せ場がない。
調べると終戦時のバート・トラウトマンは22歳の若さだった。18歳で入隊して通信兵から空挺兵となり、途中軍法会議にかけられて刑務所に服役して、東部戦線から西部戦線と配属され、何度も逃げ延びて最後イギリスの捕虜収容所に辿り着いている。この経歴を知ると映画の印象が変わってしまう。その過酷で数奇な背景をフラッシュバックで表現しても良かったのではないかと思う。