「不服従を貫いた、ある農夫の人生を格調高く描く」名もなき生涯 REXさんの映画レビュー(感想・評価)
不服従を貫いた、ある農夫の人生を格調高く描く
ドイツに併合されたオーストリア。
ヒトラーへの服従を死ぬまで拒み続けた名も無き農夫、フランツ。
周りは言う。家族や村や立場ある者のことを考えろと。
権力側は問う。お前が死んでも世の中は何も変わらないと。
フランツのなかにはそんな驕りは何もない。
自分が悪だと思う者に対して、ただ自分の心に背くことができないだけ。
かしこくなれ、と人は言う。
では自分の心に忠実なのはいつも権力側になってしまい、弱者はいつも狡い生き方をしなければならなくなってしまう。
それでいいのだろうか?
仮に忠告を受け入れ生き延びたとして、彼は自分自身を一生許せないだろう。
彼の目に映る世界は美しく、自然の中に神が宿るという感覚がマリックによって研ぎ澄まされ、没入感たっぷりに観客を誘う。土や干し草の匂い、竈の炎の熱さやパンの香り。露草と朝もやの湿気まで感じられるようで、日々の営みへの愛おしさを募らせる。そして問う。ただ単に愛する者と自然とともにつつましく生きたいだけなのに、なぜそれが許されないのだろうかと。
善と悪はいつの時代も曖昧で、ある日突然、価値観は逆転する。
どうして人は無辜の人まで服従させようとするのだろうか。
コロナ下の現代と重なる。
「感染したら誰かを殺すことになる。お前の体がどうなっても知りはしない。周りのためにワクチンを打て」という同調圧力、「○○の家族が感染した。この町から出ていけ」という陽性者叩き。
フランツの住む村の村人たちのように、いつの時代も自分の保身しか考えていない人が多勢の中で、孤立を恐れず、死を賭してまでヒトラーへの不服従を貫いた彼の勇気と、それを受け入れる妻ファニの信念に心打たれました。
誰しもが戦争を好んでいるはずがない。
ならば勇気をもって戦争に不服従を貫けば、庶民の数で公僕を圧倒できるはずなのに、大多数の人は易きに流れてしまう。
ラストに引用されていたジョージ・エリオットの言葉、「世界は名も無き人々の知られざる善意によって守られている」というように、このように映画となって狡くて弱い人間ばかりじゃないことが後世に伝えられ、心に少しでも残り救いとなることで「世界は酷くならない」のだと思う。
本物の英雄とは…と考えさせられる。