「映像美と猥雑な都市風景が奇妙に入り交じった作品。」鵞鳥湖の夜 yuiさんの映画レビュー(感想・評価)
映像美と猥雑な都市風景が奇妙に入り交じった作品。
中国映画の「第六世代」の一人とされる、ディアオ・イーナン監督の最新作。予告編でも明らかなように、街の雑踏や暗がりを効果的に用いた、典型的なノワール映画の様相をまとっています。同時に、イーナン監督の映像感覚が随所にちりばめられていて、傘やカーテンを透かして見えるシルエットなど、表現手法そのものは決して真新しいものではないけど、やはり脳裏に刻み込まれるような美しさがあります。撮影は誰が担当しているのかなぁ、と思っていたら、ウォン・カーウァイ監督『花様年華』(2000)で撮影監督を務めていたウォン・チーミンが参加しているんですね。納得。
映像美と猥雑な都市風景が入り混じった本作ですが、時間軸が多少前後していることを除けば、物語を追う事はそれほど困難ではありません。犯罪組織からも警察からも追われることになった主人公チョウ(フー・ゴー)と娼婦リウ(グイ・ルンメイ)の奇妙な逃避行、そして誰が密告者なのか読めない展開が物語の牽引力となっています。
パンフレットで町山広美さんが指摘しているように、フー・ゴーは包帯の巻き方もさまになっていて、確かにかっこいいんだけど、いくつかの挙動が怪しすぎて、つい笑ってしまいました。ある場面の、バイクに乗った彼の動きは完全に不審人物のそれでしかない!なんでこんな演技をさせたんだろう…。一方グイ・ルンメイが演じた娼婦について、パンフレットでも「ファム・ファタール」と表現していて、確かに役柄上その要素はあるにはあるのですが、周囲から浮き上がるような衣裳と安物のバッグを纏っていつも小走りで動き回る彼女は、妖艶さというよりも不安感や行き場のなさを全身で表現しています。ちょっと『マジカル・ガール』(2014)のバルバラ・レニーと雰囲気が似てるかも。だからチョウが深みにはまったのかな。
なお本作は、中国南部の架空の都市を舞台にしていると言う事ですが、そのモデルとなっているのは2012年頃の武漢の景観で、実際の撮影も武漢で行われています(ただし本作の舞台となっているのは、都市郊外の未開発地区)。その後コロナウィルス禍の影響で封鎖されることになったこの巨大都市が、果たして封鎖前にどのような様子だったのかを記録しているという点でも、本作はとても重要な意味を持っています。