「狂気という語は使いたくない」その手に触れるまで マリエルさんの映画レビュー(感想・評価)
狂気という語は使いたくない
主人公の少年アメッドがどうしてこういうふうになってしまったのかは描かれていませんが、きっとすごく孤独だったのではないかな、と私は感じました。
父親が家を出ていったせいでしょうか?
多感な年ごろのせいもあるでしょう。
アメッドを愛してくれているお母さんがいても、きょうだいがいても、イネス先生がいても、彼はすごく孤独だった、おそらく。
そして導師の教えに傾倒していく。
汚れを浄めるためにしっかりと手を洗い、礼拝することで、自分の世界を懸命に保とうとしている様子がよく伝わってきます。
そこから、極端な行動に走ってしまう。
宗教に限らず、何かに深くとらわれている人とコミュニケーションをとることの難しさを痛感しました。
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