「2010年代格差社会映画の集大成にして20年代への希望」パラサイト 半地下の家族 マエダさんの映画レビュー(感想・評価)
2010年代格差社会映画の集大成にして20年代への希望
エンタメや芸術は一種の時代の写し鏡である。
中でも映画が現代をえがこうとすると、
時代の象徴そのものになる。
人間、街、社会を直接扱わなければならないナマモノだからである。
だから時代を代表する作家たちの問題意識は底通している。共同的無意識のように。
そして映画作家のトップに君臨するポンジュノが、10年代の貧困問題にトドメをぶっ刺しにやってきた。
近年、脚本の中にあえて「これは象徴的なものである。」といった旨を直接説明する、メタ的なセリフが多々見られるように感じるが、
(「バーニング」、「聖なる鹿殺し」なんかがそうだった)本作でもそれが見られる。
半地下に住む父と息子が劇中「象徴的だ。」と、何度も呟く。
映画には当然、映像表現としてのメタファーが存在して、普段はそれを言葉ではなく映像として観客に悟られないように見せてきたものだが、それらがわざわざ自ら我々に語りかけてくるのは何故なのか。
何故ならば、それらの映画では「メタファー」こそが主人公たちを振り回す諸悪の根源そのものであり、物語を掻き乱すストーリーテラーだからだ。
そこで、本作に登場するメタファーが超重要なのでそれについて話そうと思う。
〜以降ネタバレ〜
この映画は格差社会をだいぶ直接的なメタファーを用いて象徴的に描く。
「丘の上の高級住宅」⇨「長い長い階段」⇨「半地下の貧困住宅」といった風に。
「スノーピアサー」の電車のメタファーが、更に洗練されてシンプルかつ印象的になったように感じる。
とにかくメタファーが洗練されているのだ。
今回は「家」「窓」「階段」「石」「雨」「ネイティブアメリカン」「匂い」など様々な「メタファー」が彼らを振り回す。
そもそも彼ら自体が現代の韓国の対極的な家族の「象徴」に他ならないが、それらが混ざり合うきっかけになる「石」こそがやはり、本作の裏側で暗躍していた「悪魔」そのもののように感じる。(石のおかげで貧困から脱出するが、それとともに彼らは徐々に人間性を失っていく。元は金持ちの家にあったもので、金持ちからおこぼれを拝借しようとする精神そのものの象徴か?)
「家」は生活空間の対比を表し、「窓」から覗く景色の対比は社会背景の対比である。
本作で「階段」はマーフィーの法則が働く空間になり、「雨」は黒澤明的映画言語で言えば「物語の転機(悲劇の訪れ)」である。
ネイティブ・アメリカンは略奪の象徴またグローバリズムや資本主義社会への風刺のようにもとれる。
父が発する匂いは「こびりついた半地下生活の悪臭」や「加齢臭」「貧乏臭さ」「古臭さ」などを彷彿とさせるが、「学習性無力感」やら「向上することへの諦め」といった、精神的に根付いた「負け犬根性コンプレックス」を生まれついての金持ちが本能的に「見下している」ことへの表現のように思える。(度を越した匂いがするのは父親と地下に住む男のみ、二人は起業に失敗した過去と金持ちに媚びへつらう様子が共通〔父は息子の金持ちの同級生にさんづけする様子などから推測できる〕)
そういったものを積み重ねて、全てが悪い方向へと、上から下へと物語は流れていく。もうなるようにしかならない。
物語は予想外だが全て必然的に作り込まれているのだ。(全然ちゃうけどヘレディタリーぽい)
ポンジュノ作品はラストシーンが極めて印象的だが、本作の場合はどうだろう。
まず息子は石を川に帰す。(運や金持ちに縋るのをやめる、自分の力で幸福を手に入れることの決意)
最後に半地下の部屋で、父への手紙を書く。
「就職も大学も結婚も諦めるけど」という韓国の7放世代と呼ばれる若者になる宣言をしてしまうが、次に「金持ちになる計画をたてます」という夢も固く決意する。
そして家を買って親父を救い出すと。
彼の背景の半地下の窓からは雪がしんしんと降り積もり続ける。
これは現在の若者の苦しい現状を表現しているとともに、やがて彼らにも春が訪れることを意味しているのではないか?
厳しい冬はやがて終わり、徐々に雪は溶け、やがて春は訪れるはずだ。
7放世代の絶望の時代に生まれた息子は、本作で格差社会の現状を痛感して、愛するものの犠牲を通して、これからようやく立ち上がろうとしている。
そして地下から出られなくなった親父世代を救おうとしているのだ。
これはなんとも、希望に満ち溢れてはいないか。
これが、若者が既存の価値観以外の手段を模索して立ち上がろうとしていることを暗喩しているとしたら。
努力が意味ないことだと伝えられ、学習性無力感で厭世的だった10年代若者が、悲劇の果てにある一つの目標を立ち上げて再び社会に立ち向かおうとしている、そんな「匂い」を、あの半地下の窓から覗く「雪景色」そして息子の決意の「目」がこちらを見つめるあのラストシーンから、感じ取れてならないのだ。
そんな強い思いが込められていると、信じていいよね、ポンジュノ?