「懐の深い世界観」ペトラは静かに対峙する 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
懐の深い世界観
一筋縄ではいかない映画である。タイトルからして、スペインの家族の物語が淡々と映されるのかと思っていたが、まったく違っていた。映画の紹介ページに書かれていたとおり、最初に起こる事件は家政婦の自殺だが、映画を見ている限りまさかこの人がという人が自殺する。
そこから先はこの映画では何が起きるか解らないと身構えて観ることになる。そして確かにいろいろなことが起きる。しかし事件の瞬間やその後の愁嘆場のシーンは殆どない。必ずいくばくかの時間が経過したシーンにジャンプする。そしてそのシーンではペトラは起きたことを静かに受け止めて次に進んでいく。
強すぎる自意識は得てして悲劇を生む。本作品のジャウメのように強気な人間なら尚更だ。何事も自分が世界の中心でなければ気が済まないから、他人を信じないし、他人の成功や幸福が許せない。こういうタイプは珍しくなくそこら中にいる。ある飲食チェーンの創業社長は、社員のひとりが料理長のことを「大将」と呼んだことに激怒して、その社員をボコボコにした。自分以外に「大将」がいるのが許せないらしい。文字通りお山の大将である。社員の全員がこの社長を軽蔑していたが、身の振り方は三通りに分かれていた。呆れて辞めていく者、給料と同僚のために我慢して残る者、そして社長に取り入って得しようとするイエスマンたちである。社長はいつもイエスマンに囲まれて悦に入っていた。その会社はいまでも、長時間労働と薄給に耐えて頑張る社員たちの犠牲の上に成り立っている。
日本では大金を手にしている体制側の人間は殆どこのタイプだ。言うなれば世の中は自意識過剰の人格破綻者によって支配されているということである。暗愚の宰相アベはその筆頭だ。他人の成功や幸福が許せない総理大臣をいただいた国民ほど不幸な国民はない。
それでもまともに生きていく人はいる。主人公ペトラである。度重なる死を受け入れ、自暴自棄にもならず、インセストの問題も克服して、母から受け継いだ命を母と同じ名前(?)の娘に繋いでいく。生命のリレーはいつも女たちに委ねられるのだ。
物語の描き方はユニークである。モザイクのようなシーンを嵌めていくと、全体像が浮かび上がる。観客はその作業のために頭が休まる暇がない。ペトラの絵はジャウメによって息の根を止められるが、ペトラの人格にまでは影響を与えられない。ジャウメの苛立ちはペトラに対する不快感でもあっただろう。
人格破綻者のジャウメは周囲の人々の人格を蹂躙し、まともな男たちは弱くて、悲劇の犠牲者となる。一方で女たちは彼を鳥瞰するかのように、はるかな高みから見下ろす。人間の不条理をこれでもかと見せ続ける作品だが、女たちの強さの物語でもある。不思議に暗い気持ちにならないのはカタルシスの効果でもあるが、子宮に包まれているかのような懐の深い世界観のせいでもあるだろう。奥行きのあるいい作品である。