「拙い手で互いに紡ぐ、脆くて強い家族の絆」ひとよ 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
拙い手で互いに紡ぐ、脆くて強い家族の絆
良い映画でした。凄く良い映画でした。
個人的な境遇と色々重なった所もあり、
物凄く心を動かされた作品となりました。
色々書きたいがあまり長くなってもアレなので
今回はちょっとだけ飛ばして書こうと思う。
白石和彌監督作で、予告の内容も観る限りでは
相当に重く容赦無い映画になるのかと身構えて
いたのだけどーーいや実際に扱ってるテーマは
確かに重いのだけど、現実味はあっても優しく
どこか爽やかで軽やかな作品となっていた。
キャストのユーモラスな演技や散りばめられた
笑いのお陰で優しい気持ちで観ることが出来るし、
同時にそれらの笑いが主人公達に作用している点
も巧い(「復刻してんじゃねえよ」(爆))。
...
まずはキャストについて。
極力手短に書くが、主演から脇役に
至るまで、出演陣がみんな良いです。
とにもかくにも、田中裕子がカッコイイ!
映画を締める名女優さんとは思っていたが
まさかこんなカッコイイ女優さんだったとは。
後半でも書くのでここではそれくらいで。
佐藤健はやっぱただのイケメンじゃない。
鮫のようなザリザリとした雰囲気。動かない
表情の下で抑え込んでいる怒りが確かに伝わる。
そして、その表情がわずかに緩む時の優しさも。
松岡茉優は可愛い上に毎作品で巧いが、
本作の彼女は、マジで巧い。台詞回しの自然さ
生っぽさはこちらが銀幕の存在を忘れるほど。
やさぐれ娘が純な幼子に戻る添い寝の場面に泣いた。
鈴木亮平は一番大柄なのに、伏し目がちで弱気な
役柄をしっかりものにしているからか、三兄妹で
一番小さく見えるこの不思議。どもりの演技で
逆に伝わる彼の不器用な懸命さが良かった。
息子との夜を想い慟哭する堂下さん、
いつもオドオドしてる社長の優しい一喝、
自分を頼ってと憤る大樹の妻の芯の強さ、
サバサバ美人の牛久ちゃんとビールぐい呑み歌川君、
回想シーンの子役に至るまで、みんな巧いし魅力的。
...
時に重く、時に軽やかに描かれるのは、
家族という絆に付きまとう悲しさと優しさ。
まずは子ども達の視点から。
「あんた達は自由に生きていける。何にだってなれる」
自分の可能性を、将来の夢を信じてくれたのに。
自分の身を犠牲にしてでも幸せになるチャンスを
与えてくれたのに。けっきょく思い描いたような
大人になることは叶わず、抱いた夢は夢のまま、
歳と後悔ばかりを重ねてしまっている今の自分。
あなたのせいで俺の夢は叶わなかった。
あなたのせいで俺の人生はずっと暗い夜のままだ。
そう言って全てを親のせいにしたい気持ちはある。
だけど――
本当の本当は、それら全てが親のせいでは
無い事も分かってる。才能も努力も足りなかった
自分の選択の結果でもあるんだ、と悔やんでいる。
兄に「母が憎いだろう」と言い寄ったり、
母の罪をまた掘り返すような真似をしたり、
母を憎むような言動ばかりの雄二だが、
いつもいまも手にしているレコーダは、
夢を信じてくれた母のプレゼントだった。
愛情と憎しみは必ずしもプラスマイナス
ではなくて、それらは同居し得るもの。
雄二や大樹が母へ向けた憎しみは、
「俺を信じて必死に守ってくれたのに、
あの日あなたが信じてくれたような
立派な大人になれずにごめんなさい」
という大きな後悔の裏返しでもある訳で。
それは親への大きな愛情の裏返しでもある訳で。
...
母のこはるも、自分がそんな立派な人間
だとは思っていない。「そんなんじゃない」
という言葉は、あの行為が子どもの為だけ
でなく、私的な激情に駆られた結果だと
思ってもいるからだろう。だけど、
自分の行為を間違いだったと言ってしまえば、
子ども達に送った/子ども達が信じたあの
言葉までもが嘘になってしまう。それまでの
15年を本当に否定することになってしまう。
だから彼女は、例え恨みをぶつけられる
頑なな的になろうと「間違ってない」と
言い続けなければいけなかったんだと思う。
子どもにとって親は自分を守り
生きる道を教えてくれる神様で、
親は自分が完璧でない立派でもないと
思っていても、大切な子どもが子ども
自身を信じてすがる為の”柱”として、
必死に“親”であり続けなければいけない。
子どもも成長するにつれ、昔は神様のように
思えた親が、完璧な人間では無いと気付くもの。
そして、自分と同じように完璧とは程遠い
その人が、自分を守る為に、必死に”親”
で居続けてくれていたのかと気付くもの。
私情もあったかもしれないけれど、
子ども達のために自らの手を汚し、
子ども達の大きな夢を信じてくれた
あの夜の母は疑いようもなくかっこいい。
律儀に15年後の夜に帰ってきて、
何があってもブレない道であり
続けようとする母はかっこいい。
エロ本を万引きして「それでも母さんは
立派か!?」と開き直る母は、笑えるけど、
15年前のままずっとずっとかっこいい。
(エロ本読んで笑ってるおばさん史上
最高にかっこいい背中だと思う)
...
終盤、
息子と分かち合えたと思っていた夜を回想し、
「あの夜は何だったんだ!」と慟哭する堂下
に向けて、こはるは優しく静かに語る。
「ただの夜ですよ。自分にとっては特別な夜
だけど、他の人にとってはなんでもない
ただの夜なんですよ。でも自分にとって
特別なら、それで良いじゃないですか。」
血の繋がった親と子くらいに強く確実な
“繋がり”というものも無い訳だけれど、
どれだけ強く繋がっていても、どれだけ
大切に想っていても、全く同じ人間では
ない訳で、完全に理解し合うことはかなわない。
「母さんは母さん、俺達は俺達」という
言葉の通り、家族というのは世界で最も
愛しく近しい他人なのかもしれない。
それはとてもとても寂しいけれど、
どこかでそう割り切らないと、愛情と憎しみ
の重さで自分も皆も壊れてしまう気がする。
母はあの狭い青空を眺めて何を想ったのだろう。
流れる雲に見とれていただけだろうか。
それとも、あの暗く長い夜から始めて
明けた空のように感じていたのだろうか。
心の底は分からないけど、その小さな背中
を見つめて、待ってあげることは出来る。
「家族の絆は泡沫(うたかた)の花飾り」
だなんて、とある歌の詞を思い出した。
強くて脆い絆を、付かず離れずの
柔らかな手先で紡いでいくのが、家族。
最後、すました顔の雄二がタクシーの
車窓越しに振り返る母と、兄と、姉の笑顔。
別れたばかりなのにもう懐かしいその笑顔。
...
物語上、あの父親をひたすら悪辣に描くしか
なかったのかという点や、テーマの現実味に
対して僅かに寓話的に感じてしまう部分は
あるが、正直些細な欠点だと思う。
今年一番心を動かされた作品かも。5.0判定で。
<2019.11.09鑑賞>
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余談:
「更に死ねッ」(水バッシャア)は今からでも今年
の流行語大賞になってほしい。むしろなれ。
恨み骨髄・オブ・ザ・イヤー。