「人よ…なんて惨めで誇らしいんだ。」ひとよ 財団DXさんの映画レビュー(感想・評価)
人よ…なんて惨めで誇らしいんだ。
あゝ映画は本当に素晴らしい。
そう思える傑作に出会えた。間違いなく2019年の邦画No.1だろう。
『ひとよ』、『一夜』、『人よ』、『人世』、『日と夜』。
シンプルでありながら何重にも意味が折り重ねられこのタイトルのように、物語は細部に至るまで味わい深いディテールで満ち溢れている。
圧巻は本作の脚本と演出だろう。夫を殺し、子供達の前に戻った母親・こはる、だが家族だけでなくタクシー会社の面々ともどこかぎこちなく、ボタンが掛け違ったような居心地の悪さが冒頭から観るものの胸を詰まらせる。
人の醜さ、惨めさ、みっともなさ、みすぼらしさを描くながらも、それでも意地らしく生きる人々を映す白石監督の最高傑作だ!
次男・雄二を演じる佐藤健は食事の際の首の角度から、父の墓前での足癖の悪さから愛想のない敬語使いから、とにかくやさぐれきっている。
だが、クライマックスに語られる『母さんが親父を殺してまで作ってくれた自由なんだ…』という独白に心が震えた。
母さんのためにも夢を叶える、夢を叶えるために母さんを売る。自分は母さんを憎んでいたのか、感謝していたのか。
暴露記事まで書いたのに、何故自分は今母親を守ろうと車を走らせたのか…。
『どこからやり直せばいいか、教えろよ…』
この言葉は多かれ少なかれ兄と妹にも共通する言葉だろう。
兄の大樹は吃音という壁とともに、逃げ切れない過去を自分のうちに飲み込んでしまった。夢を断たれ、必死に築いた家庭も崩れかけていく。そして無情にも心を蝕んでいく『殺人者の孫』という言葉。
本来なら父亡き後、一家を率いる長とならなければならないはずの長男を、鈴木亮平が巨体を持て余す不器用で臆病な男として力演している。
彼が思わず振るった暴力は彼の心まで壊した。こはるとの言い合いのシーンは本作で最も涙が溢れた。
妹の園子も決して苦しみから逃れていない。母親と同じようにDV男と付き合ったしまうのもそうだが、彼女は決して最初から母親を歓迎してはいないのだ。
出所の日こそ迎えに行ったが、いざ15年後にこはるが現れると一歩も動けなくなっている。そして、こはるに甘えて一緒に寝るシーンも、まるで『自分が母親を信じたことは間違いではないんだ』と、必死に掴みとるように抱きつくのだ。
母親・こはるを演じた田中裕子の熱演はもはや言葉では表せない。戻った直後に(夫を轢き殺した場所で)車のバックの練習をしたり、子どもたちの現在を無神経に詮索したり、逆に従業員の弓からデリカシーのない一言を言われたり。健気で子ども思いの母親だが、一挙手一投足が間が悪く、事態を悪化させていく。それでも強かに自分の行いを誇りつつ、時折揺れるような表情を垣間見せている。
また、堂下と息子の件は疎遠になった息子と父親の距離感を、とても生々しく切り取っている。親だって人間だ、神様じゃない。それなのに少しでも過ちを犯せば、糾弾される恐ろしさに懊悩している。彼もまた家族と言う名の楔で、身を削ってきたのだろう。
長々と書いてきたが、一点の曇りなく家族に後ろめたさはないと言える人は本作を観なくてもいいかもしれない。
むしろ、しがらみがある人は必ず観るべきだ。
この映画は画面を超えてあなたの生を揺さぶる。
そして、自分と自分の家族ともう一度向き合う特別な“一夜”をもたらしてくれるだろう。