劇場公開日 2019年10月4日

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「子供を作ることを肯定するか」ヒキタさん! ご懐妊ですよ 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5子供を作ることを肯定するか

2019年10月6日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

笑える

 個人的な見解ではあるが、俳優の演技を評価するとき、演じているように見えないことを一番の判断基準にしている。亡くなった樹木希林が名優として評価されるのは実にその点だと思っている。老婆を演じることが多かった晩年も、見えているのはたしかに樹木希林なのだが、映像の人物は役の人物にしか見えなかった。「日日是好日」のお茶の先生は権威主義だが優しさに溢れていて、「万引き家族」のおばあちゃんは狡猾なニヒリスト、「あん」の徳江さんは悲運にめげないで周囲を明るくする太陽みたいな人で、それぞれの役を思い出すと、それぞれの作品が浮かんできて胸が熱くなる。凄い女優であった。
 さて本作品の北川景子は樹木希林の域にはほど遠いとはいえ、かなりいい演技をしたと思う。愛する旦那さんの子供がほしいとメルヘンな気持ちで望んだが、いわゆる妊活は大変である。諦めずに真面目に取り組む姿勢に同情してしまう。年の離れた夫役の松重豊がとても上手で、コミカルな中にも年を取った中年男の悲哀がにじみ出ている。味のある役だ。嫌味で高圧的な父親役の伊東四朗が役にぴったりで、ぴったりすぎて逆に笑ってしまった。
 全体に面白く鑑賞はできたが、ひとつだけ疑問がある。女性は子供を産みたいものなのだろうか、という疑問だ。少し前に電車の中で18歳くらいの娘とその母親の会話で次のようなやり取りを聞いたことがある。

「あなたも結婚して子供ができたらまた人生が変わるわよ」
「私、結婚はするかもしれないけど、子供は産まない」
「あら、どうして?」
「子供は産みたい人が産めばいいし、それは全然否定しないけど、女性全員が子供を産まないといけない訳じゃない。私は産まない」
「そう」

 どうしてこのような会話が生れたのかは不明だが、会話自体はなかなか面白い。ふたりとも民主的な考え方で互いに寛容だ。個人的にはこの母娘に好感を持った。会話自体は母親の「そう」で終了したが、この後の母娘の人生がどうなっていくかについては様々な展開が予想される。一番考えられるのが、娘が結婚して、やっぱり子供がほしいと言って孫ができる話だ。世の中に溢れかえっている話だが、そこでも同じ疑問が残る。女性は子供を産みたいものなのだろうか?
 太宰治の「斜陽」の主人公も、妻子持ちの男に「他には何もいりません、ただあなたの子供がほしい」と告白する。未婚の母になることが分かっていても、そのために経済的に苦労することが分かっていても、子供がほしいと言う。当方の知り合いにも未婚の母が数人いるが、彼女たちに絶望感は見られない。一般に男性の方が女性よりも悲観的だ。女性は現状を肯定し、将来に対して楽観的である。自殺者の7割は男性だ。厚生労働省の統計データだからあまりあてにならないかもしれないが、男性の自殺者のほうが多いのは確かだろう。
 女性は子供を産み、生れた子供が女性だったら再び子供を産む。その連鎖が人類にとって幸福なことだというエビデンスはない。しかし子供が生まれると誰もがおめでとうと言う。もちろん当方もおめでとうございますと挨拶する。しかし心の中では、子供が生まれることは幸福な出来事かもしれないが、ひとつの不幸が生まれることでもあると思っている。
 本作品には子供の誕生を常に歓迎する社会でいいのかという反省はない。そして子供を作ることを無条件で肯定する考え方を前提として物語が成立している。そのあたりがどうしても納得できず、映画を観終わって不可解な気持ちになってしまった。人類はいずれ絶滅すると思っている当方のような人間は社会のパラダイムから外れているのだろう。

耶馬英彦