「私たちが観るものは信頼できない語り手による物語」ライフ・イットセルフ 未来に続く物語 滴凍さんの映画レビュー(感想・評価)
私たちが観るものは信頼できない語り手による物語
色々な視点で語れる映画だと思いますが、素直に題名から考えれば物語論的な視点は欠かせないと思います。
題名であるLife Itselfという言葉は、直接はアビーが自分の論文のテーマについて語るセリフの中に出てくるものです。
彼女はこう語ります。
”So therefore every story that has ever been told has an Unreliable Narrator. The only truly reliable narrator would be someone hypothetically telling a story that unfolds before our very eyes which is obviously very impossible So what does that tell us? That the only truly reliable narrator is life itself. ”
つまり、どんな人であれ何かの物語を語る時には「不確かな語り手」たらざるを得ない、唯一信頼できる語り手とは「人生それ自身」しかないのだと。
(このすぐ後に、しかし人生は、全く先行きの予想が不可能という意味では究極の信頼できない語り手である、と結論が続きますが・・・)
この言葉を手がかりにすると、この映画は「物語」というフレームを意識した作品であることがわかります。つまり、映画の中に表現されたもの(=私たちが現に観ているもの)全ては、誰かによって語られつつある物語であって、それは必ず不確かなものであり事実とは限らない、ということです。
この視点は、冒頭のサミュエル・L・ジャクソンという具体的な声と形をとって表現することでわざわざ可視化されていますし、アビーにお祖父ちゃんがかける気の利いた言葉が、「実際はこうだった」というナレーションとともにありきたりな言葉に代えられる演出からもわかります。ウィルが映画の脚本家であることも象徴的です。
さらにもう一つ例をあげれば、アビーに「私を誘わないのか」と尋ねられて「引き返せなくなるから正しい時を待っているんだ・・・」と告白めいた長い言葉で返すシーン。
“Abby, I’m waiting for the right moment ’cause when I ask you out, there’s not gonna be any turning back for me. I’m not gonna date anybody else for the rest of my life. I’m not gonna love anybody else for the rest of my life. I’m waiting for the right moment ’cause when I ask you out, it’s gonna be the most important moment of my life. And I just wanna make sure that I get it right.”
あまりに的確すぎる言葉が、美しくしかも絶妙のタイミングで雄弁に語られているのですが、果たしてそれまで現実のウィルはこのような能弁なキャラクターとして描かれていたでしょうか?
ひょっとすると、突然現れるこの完璧な長セリフには、実際のセリフなのではなく、相当の時間を経て練りに練られたなかで作り上げられたものなのだ、ということが示唆されてはいないでしょうか。
練りに練ったのは、では誰なのか。
ウィルでしょうか。確かに考えてみれば、私たちがこの時点までに観るものはこのセリフを含め全てはウィルの紡いだ物語であり、ウィルはその物語をセラピストに語って自殺します。ピストルを準備していたのですから、彼は死ぬつもりでいたわけですが、その前に誰かに彼自身の物語を語り、その愛の深さを理解してもらったうえで死のうとしたのでしょう。しかしそれはあくまでも彼の物語であり、それを観る私たちはそれをそのまま受け止めるべきではないのかもしれません。
映画の最後(第5章)では、それまで観てきたストーリーが「孫によって綴られた物語である」というフレームが明かされます。「世代を超えて命がつながる感動的なストーリー」とシンプルにこれを観ることもできますし、もちろんそう意識して大団円のラストが作られているわけです。
しかし、底にある構造の視点からいうと、入れ子になった物語の一番外側に作家をもってきたことで、つまり新しい語り手の出現によって、それまでのストーリーすべての真偽を宙づりにしてしまった、とも言えるでしょう。先に挙げたウィルの決めセリフも、孫である作家のエレーナが練りに練った物語の一部でもあるのですから。
この映画、アメリカでは評論家の評価はあまり高くなかったと聞きます。複雑な構造のなかに感動するポイントをわかりやすく詰め込んだので、感情を押しつけられるように感じた人も多かったとか。
感情的に暑苦しい部分が多いと言うのは確かだと思います。が、私はその暑苦しさもむしろ、人が人生というそれぞれの物語を生きるうえで不可避的に脚色がなされるのだし、その脚色こそが人生なのだ、という隠れたメッセージを伝えたいがためにわざわざ過度な感情表現(英語で最期のメッセージを伝えるような!)が盛り込まれているのでは、と感じました。
ものすごく感動されている方も多いようなので、あくまでも色々なキーワードを深読みするとそうも読めるかも、という一意見でしかないことをお断りしておきます。