ベル・カント とらわれのアリア : 特集
J・ムーア、渡辺謙、加瀬亮―― 芸術的な名演のアンサンブルに酔いしれる
究極の状況下で紡がれる“テロリストと人質の交流”、そして…ラスト15分の
言葉を失う衝撃的展開! 人は“どこまで”わかり合うことができるのか――
南米某国の副大統領邸を占拠したテロリストと、とらわれの人質。対立し、憎しみあってもおかしくない彼らの間に芽生えたのは“絆”だった――。11月15日に公開される「ベル・カント とらわれのアリア」は、崇高なる人間性の尊さを描出してみせる。
出演はアカデミー賞を受賞した米女優ジュリアン・ムーアと、渡辺謙、加瀬亮という日本の超実力派俳優。各々の個性がにじむ芝居が調和し、芸術的ともいえる美しい時間を紡ぎだす。丁寧に織り上げられた物語のタペストリーは、ラスト15分で衝撃の展開を迎えるのだ。渡辺をして「自分にとって運命的」と言わしめた本作の魅力とは、いったい何なのか――。
オスカー女優ジュリアン・ムーア×渡辺謙×加瀬亮
日本の名優と米トップ女優が奏でる、“名演のアンサンブル”
「アリスのままで」で若年性アルツハイマーの女性を熱演し、第87回アカデミー賞の主演女優賞に輝いたムーアが主演。ソプラノ歌手に扮し人間ドラマをけん引した。
そして「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」などに参加し、ハリウッドで多くの成功を収める渡辺は、日本の実業家役。世界トップクラスの実力を誇る名女優との“競演”を果たした。さらにクリント・イーストウッド監督作などで存在感を示した国際俳優・加瀬は、日本人通訳役を担い、渡辺と豊かなコンビネーションを見せた。
◇日米豪華共演、芸術的な演技の連鎖に酔いしれる101分そんな3人の共演は、まさしく至福のひと時を提供してくれる。演技の有機的な結びつきは “芸術的”の一言に尽き、彼らの表情、セリフ、息づかいなど、一挙手一投足が息をのむほどのオーラを湛えている。演技を見るだけでも、劇場に足を運ぶ価値がある。そういっても過言ではないほどだ。
◇渡辺&加瀬が体現したものとは…
なかでも、渡辺はファーストショットから全開だ。冒頭、息子にステレオのボリュームを下げさせる、という短いシーンがある。そこでかける優しい声と、なんとも言えない表情に注目してもらいたい。さらに物語中盤、渡辺の顔が、窓からさす光に照らされる。輪郭が縁どられ、彫り込まれたような陰影が立ち現れた瞬間、ハッとさせられた。
一方の加瀬は、通訳ゲン・ワタナベ(役名がややこしい!)を純朴に好演。渡辺を前に英語で演じることは、大変なプレッシャーがあったことは想像に難くない。また、渡辺が日本語のアドリブを多く放り込んでくるため、加瀬は即座に英語やスペイン語に通訳しなければならなかったという。撮影現場、愉快そうにアイデアをぶつけ合う2人の姿が目に浮かぶ。
◇“女神の歌声”が圧巻の美しさ
ムーア扮するオペラ歌手ロクサーヌの歌声は、ルネ・フレミングが担当している。映画ファンには「シェイプ・オブ・ウォーター」の挿入歌「ユール・ネヴァー・ノウ」でも知られる、当代随一の歌姫だ。“女神の歌声”とも称される圧巻の美声が、物語の感動を一層盛り上げていく。歌唱シーンは、目と耳と心で“感じ取って”もらいたい。
◇原作はAmazonベスト・ブック・オブ・ザ・イヤーのベストセラー小説
アン・パチェット氏によるベストセラー小説が原作。同作は1996年にペルーで起きた、“日本大使公邸占拠事件”から着想を得て執筆されており、つまり日本人にとっても重要な作品と言える。テロリストと人質の心の交流を描いたこの物語は、Amazonベスト・ブック・オブ・ザ・イヤーにも選出された。
副大統領邸が、テロリストに襲撃された… 長期間に及ぶ占拠のなか
人質とテロリストたちの間に芽生えたのは、“絆”だった――
物語の根底にあるのは、人間の崇高な精神。そして「文化、言語、立場、あらゆるものが異なる人々でも、わかり合うことはできるのか」という、現代社会が避けては通れない問いを含む、重厚なテーマだ。
副大統領邸の襲撃後、占拠は長期間に及んだ。貧困により教育なども受けてこなかった若いテロリストたちと、教養を持つ人質たち。年齢も性別も出身もさまざまで、交わる点はほとんどない。到底、理解し合うことなど、あり得ないと思っていた。しかし時間を追うごとに、彼らの間に親子や師弟にも似た交流が静かに生まれ始め、副大統領邸内に一種の“ユートピア”が出来上がっていく――。
・人質同士でチェスする最中… テロリストの幹部も笑顔で観戦 ・「どうすればそんな風に歌える?」 1人の少年兵がロクサーヌに問いかける ・テロリストの少女が、通訳の青年に「英語を教えて」 語学の授業が始まる ・中庭では、みんながサッカーに興じている 文化も言語も立場も超えて――時折り紡がれる、人の心が通ったシーンに胸を打たれる。夜、テロリストの少女たちはテレビで恋愛映画を見ては、うっとりとため息をつく。テロリストと人質たちはともにキッチンに立ち、食卓を囲んで祈りをささげる。そうした日常の機微が、省かれることなく、むしろことさら丁寧に描かれているさまが、強く印象に残った。
そして、ラスト15分。繰り広げられる衝撃の展開に、観客は呼吸を忘れて見入ることになるだろう――。
渡辺謙から、映画.com読者に向けて“切なるメッセージ”
「この作品は運命なのだと感じました。今の時代だから、見ていただきたい」
その表現力と存在感で作品全体をけん引してみせた渡辺だが、出演の背景には“特殊な縁”があった。彼自身の胸中とは――映画ファンに向けて、メッセージを寄せてくれた。
最初に(本作の)お話をいただいたのは、もう10年近く前です。911の後、世界で様々なテロが起きているなか、この話が受け入れてもらえるのかが懸念になり、企画は止まっていました。時代も変化して再始動したとき、この作品は運命なのだと感じました。 20数年前、僕はペルーにいました。ドキュメンタリーの撮影でほぼ1カ月の旅をしていたのです。帰国してすぐ飛び込んできたニュースが、あの「ペルー大使公邸人質事件」でした。大きなパーティーでしたので、もしもう1週間滞在していたら、そこに僕もいたかもしれなかった。事件が解決するまで(ドキュメンタリーの)放送は自粛され、事件の推移を見守ったのを今でも覚えています。 あの事件をモチーフにしたこの物語を演じるのは、勇気が必要でした。事実とは異なりますが、生き方、考え方が違う人たちがあの特殊な空間のなか、どんな時間を過ごしたのか、当時を思い出しながら演じました。“映画好き”の方々に、今この時代だからこそ、ぜひとも見ていただきたい作品です。