ワイルドライフのレビュー・感想・評価
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地味だが心にしみる佳作
ポール・ダノ、初監督作ながら演出の腕は確かだ。小説が原作だが、脚本を担当したのはダノの私生活でのパートナーでもあるゾーイ・カザン。彼女とダノと言えば、共演した「ルビー・スパークス」を思い出すが、やはりゾーイが脚本を書いた同作の主人公もナイーヴな青年で、こちら「ワイルドライフ」のジョー少年とも重なる。ダノもゾーイも好きなんだろうなあ、こういうキャラクター。 キャリー・マリガンとジェイク・ギレンホールの演技は悪くないが、新味に乏しい役柄だ。ジョー役のエド・オクセンボールドは、シャマランの「ヴィジット」ではお姉ちゃん役の子に押され気味だったけれど、今作では実質的な主人公と言ってもよいほど存在感があるし、ストーリーも彼の目線で語られる。気が滅入る要素が多いが、キービジュアルにもなっている家族写真のシーンがささやかな希望を残してくれる。
ポールダノ監督
昨日観た、ヴィジットに出演していた子役のエドオクセンホールド君の演技がとても良くて、他のを探していたら、こちらがヒット。 監督があのポールダノさんじゃありませんか❗ ジェイク・ギレンホールさんも父親役。 もう、これは期待大です。 今年、コヴェナントを観に行った時、 プチギレンホール祭りしたけど、 こちらはSFでもなければ、ミステリーでもないのでチェックもしていなかったです。 ヴィジットから3年経ち、オクセンホールド君も声変わりをし、少年になっていました。 良い演技でした。 ちょっとプライドが高い、子供思いの父親、 毒親ではないけれど、少し精神がか弱い母親。 そんな親が好きだけど、どうしたら良いのかわからない少年を見事に演じきりました。 この家族の将来に幸あれ…
14歳のジョーの視点、家族というものを考えさせられる。
母ジャネットも、父ジェリーも、息子であるジョーに全てを語らない。その親としての表情、苛立ち、葛藤、男のプライド、女の性(さが)をジェイク・ギレンホールとキャリー・マリガンが素晴らしい演技で魅せてくれる。 物静かなジョー演じるエド・オクセンボールドがほぼ主演。少ない台詞の中、不思議な佇まいで思春期の少年を好演。絶妙な配役。両親の気持ちや立場を理解しながら、自らの気持ちを優しく伝えていく。何て良い子だ(涙)。 ジェリーの説明の無い選択も疑問だらけ、ジャネットの母としての行動も理解出来ず。だが、これは全てジョーの視点での話で、各々にその行動の理由と原因があるのだが、語らない。そこには親子の信頼があるからこそ、今まで注いできた愛情があるからこそで、その信頼関係に甘えている親の姿というのも自分に当てはめて考えさせられる。 独特なカメラワーク、心地良い間、何処か胸に染み入る演出。キャリー・マリガンの寂しげな笑顔、ジェイク・ギレンホールの思い詰めた表情、修復しきれない夫婦関係。色々な結末があり得る中で、ハッピーエンドを期待していただけに、選ばれてしまった結末が寂しい。だが、不思議と''ストン''と胸の中に落ちるラスト。万人受けはしないが、心に残る良作。
いつもと違うキャリー・マリガン。とてもよい
個人評価:3.5 若手のポール・ダノの初監督とは思えない脚本と内容。まるで熟練の監督が撮る様な、なんとも渋く繊細な内容だ。少年の目線で見る両親や大人達。小さな田舎町での一つの家族をとても丁寧に描いている。 とくに母親の描写がとてもリアルに描かれており、母の変化や、その変化を目の当たりにした息子の感情など、まるで実体験の様なリアルな演出だ。またその母を演じるキャリー・マリガンがとてもよい。
丁寧に観るべき良作
予備知識なく暇つぶし程度に選んだ、実はそんなに期待していなかった作品だけど、丁寧に観ると、良さがよくわかる。 未熟な両親に翻弄される聡明な子ども、その一家の顛末がただただ辛い前半、唯一心を打つ写真屋の美しい言葉が、最後に効いてくる。余計な描写を加えず、すっきりとミニマルに、少年の心情を表現して終わらせるラストが絶妙で、観てよかった、と素直に思わせてくれました。 しかし、あれだけ被って、屈折しないで優等生の息子はミラクル!
予備知識を持たず観ましたが、静かに満足しました。鑑賞後にはデリケー...
予備知識を持たず観ましたが、静かに満足しました。鑑賞後にはデリケートな少年の感情の起伏と成長とともに少しづつ変化する物事の受け止め方や視点の動きを上手に映像に捉えるものだなぁと感心しました。それが意図されていたのか、自分が感じただけなのかはわからないけれども、作品中父親の存在が薄くなる時間帯の展開と父親の存在を感じられる時間帯のそれに著しい違いがあり、だからこそ、父親が出稼ぎから帰ったあとの物語としての締まり方が引き立っていました。これもまた、少年の心を効果的に映像化した製作者の力量なのでしょうか。
いいたいことがあるからつくる
リトルミスサンシャインのポールダノをおぼえている。プリズナーズもオクジャもスイスアーミーもけっこう鮮明におぼえている。 時間が短くても印象的な俳優だと思う。 アメリカだと、印象的な俳優が、監督もこなしてしまったりして、圧倒される。 対抗しなきゃならないわけじゃないが、俳優が監督に転身?日本じゃきいたことがない。人はそうそう多芸じゃない。 もっともハリウッドには(いまおもいつくかぎりだが)ウォーレンベイティ、ポールニューマン、レッドフォード、ショーンペン、ケビンコスナー、イーストウッド、ベンアフレック・・・俳優が、すぐれた映画監督になっている例は、いっぱいある。 近年の俳優→監督で感心したのはジョエルエドガートン監督のBoy Erasedと、ポールダノ監督のこれだった。どちらも2018年である。 エドガートンのBoy Erasedやこの映画を見てかんじるのは、いいたいこと(映画にしたいこと)があって、映画をつくっている──という、しごくもっともな道理である。 みょうな言い方──にきこえるかもしれないが、エドガートンもダノも、これを言いたくて映画をつくった──わけである。 プロダクションから「ちょっと監督業やってみませんか、箔も付きますし」とか、誘われたわけじゃない。 本作もBoy Erasedも、コスナーのDances with Wolvesも、ショーンペンのIndian Runnerも、ずーっと昔から、その草案をじぶんのなかで温め、俳優になり、知名度をえて、業界を知り、資金もたまって、人材も集められた──だからつくった──わけである。 こけおどし&キャリアの箔付けだけで、じっさい言いたいことなんかなんにもない日本の「鬼才」とはちがう。 まったく当たり前のことだが、創作の動機には「いいたいこと」がなければならない。 その「言いたいこと」は、昨日思いついたやつ──じゃなく、昔っから、それこそ物心ついたときから「いつかわたしはこれを映画にしてやるぞ」という信念としてたずさえてきたもの──が望ましいのはとうぜんだ。 たとえば韓国映画のはちどりにはそんな長い長い想いがあった。 ずーっと考えていたこと。 なん十ねんものあいだ、お金や仲間や機材や名声や技量がなくて、つくれなかった「いいたいこと」。 まったく当たり前のことだが、その「言いたいこと」の存在こそ「作家」になる動機である。 日本にも映画監督(あるいはなんらかの作家)になりたがっているひとが多数いるだろうが、彼/彼女は「いいたいこと」をもっているだろうか?なんてね。 海外映画をほめるのに日本をdisる、いつもながらの牽強付会へ陥ってしまったので、以下は割愛するが、エドガートンのBoy ErasedやポールダノのWildlifeを見て感じたのは、まさにそこである。 また、優れた作家の「いいたいこと」には普遍がある。 このWlidlifeも、ゆたかな普遍性があった。 (普遍普遍と、気軽に普遍という言葉をつかっているので、じぶんがどういう意味で普遍を使っているのか、いちおうせつめいしておきたいが、 普遍とは、じぶんには起こりえないことであっても、そういうことはあってもおかしくないと思える現象をさしている。 さらに、じぶんとは違うひとであっても、そのひとの気持ちが、わからないわけではない人もさしている。 また、それらの現象や人に、じぶんの経験をつうじて、似たものや近親性をかんじることを、そうじて普遍と言っている。) まるでトレイシーチャップマンのFast Carのように、貧しさと隣り合わせに生きている60年代の女性にとって、生活を経済的によくするために、身体をつかうことは、現代社会の不倫とイコールにならない。 わたしはジャネットにすこしも裏切りを感じなかった。かのじょは、ただたんに未来への不安を感じていただけだ。 しかしそれは、夫の激怒をまぬがれないし、なによりジョーの少年ゆえの心に影を落とすだろう。 だが、かれは、成長して、やがて大人たちの気持ちを知るかもしれない。 さいごに家族でポートレートを撮ったとき、すでにジョーには許容のけはいがあった。 あますぎでもなく、からすぎでもなく、哀しいけれど、なんとなくさわやかさもある映画だったと思う。それは、マリガン/ギレンホールもさることながらEd Oxenbouldの功績が大きかった。 そしてそんな人生を噛み分けたような普遍を2018年に34歳だったポールダノがもっていたことに圧倒された。日本の34歳はこれをつくれるだろうか?とか思った。
子供に罪はない
ゴルフ場での仕事を解雇され、再雇用の道もあったが、プライドが邪魔をし、職に中々就かないジェイク。終いには、命の危険があり、金にはならないのに、山火事の消防団の仕事で家族を残し、家を出てしまう身勝手さ。生活も不安だし、やがて寂しさから、夫への愛情をなくすキャリー。荒んだ母親をキャリーが上手く演じている。やがて、生活力のある年老いた男を頼りにしようとしていく。息子であれば、母親の女の部分は見たくない。子役エドが、文句を言いたいのだが、終始黙って、苦悶の表情。グレたりしない、良い子の典型。子どもおじさんのような落ち着いた演技が光っていた。ラストは母親のみ離れた場所で暮らしている設定だったが、3人での記念撮影を機に、また元に戻ってくれれば良いな。キャリーは年取ったけど、時折見せる笑顔がキュートでした。
子供はどうすればいいんだ!
父(ジェイク・ギレンホール)がゴルフ場を解雇され、頭にきて森林火災の消火に行ってしまう。 残された母(キャリー・マリガン)は働きに出るが、落ち着いた中年男に魅かれていく。 14歳の息子は親のバタバタに右往左往、翻弄されていく。 子供の成長なんて大人の誤魔化しだと思う。
『プリズナーズ』でジェイクに○○○○ていたポール・ダノ
確かにわからなくもないが…でもやっぱりひどいやキミら。しわ寄せが全てジョーくんにいってるじゃないすか。子供と大人の間の一番デリケートな時期だろうに。何とかしようと健気に振る舞うジョーくんいい子すぎる。ラストはどちらとも取れるが、仮にどちらだったとしてもあのジョーくんならきっとうまくできると思う。
映像はきれい
ストーリーが全く受け付けない。 崩壊していく家族をひとり息子の視点で描いた作品だと思うけど、で?っていう。 うんざりする展開の中盤を我慢したのは、ラストで救いが提示されると思っていたのに。僕には「時間が経ってカドがとれました」ってしか感じられなくて、そういうことなの?と。 それならそれで、少年のたくましさとか、かっこ悪くても生きていく人の強さみたいなものを写して欲しかった。 この作品で得た教訓は、家族といえどもしっかり腹わって話しましょうってことだけかなあ。
人は、幸せな瞬間を永遠に残そうとするために写真を撮る。
血が騒ぎ、家族を放り出す父。退屈を嫌い、富に憧れる母。彼らは本能のままに生きる野生動物(wildlife)ということ。wild lifeではなくて、wildlife。ともすれば、父親や母親に感情移入してしまいそうになるが、この映画の主人公はまぎれもなくジョーだ。つまり、僕までも、大切にしなければならないジョーを置き去りにしてしまいそうになっている。それがだらしない大人ってわけか。 ポスターに映る二人は、ジョーの両親のみ。当然、その間の椅子がジョーの場所だ。 正直、そのことをずっと忘れていた。観終えてこのフライヤーを手にし、ひと山もふた山もあった夫婦が見つめ合う画に目を落とした。この瞬間を残そうとするジョーの心情を想い、この二人がいたからジョーがこの世に存在したのだと確かめたとき、狂おしいほどに胸が苦しくなった。そうか、今うちの家族も、これと似たようなものだからだ。
ハリボテ夫婦と息子のイニシエーション
ポールダノの初監督作品。おめでとうの気持ちで見に行った。
そういうのを脇に置いても佳作と言えましょう。好きなやつです。
この夫婦は、おそらく30代半ば。
30代半ばは、必ずしも成熟していないのです。
夫の身勝手さに身震いし、妻の不自由さに息が詰まりました。
夫が火消しの仕事(という名の逃避行)に行ってから、妻は働き始めますが、適度な働き口はなく、プロ愛人?みたいなよくわからんことになっていました。
この妻の迷走っぷりは、なんとも愚かでリアルで、でも息子がかわいそうで、辟易しました。
離婚してスッキリした2人が観れてよかったですが、その結論までを付き合わされるこどもが本当に気の毒。でも、でも、息子にとっては大人へのイニシエーションにもなって。
時代の不自由さ、登場人物の愚かさと悲しみ。
楽しい嬉しい大好きの世界とは違う、苦界をさまよう愚かな人間を断罪し、批判的でありつつも包括的には人を肯定する世界、といったらいいのかな?そんな世界が描かれてると思います。
私にとっては、とても、本物らしい世界。視点。
なので、好きです。
ただまぁ、元気な時でないと、しんどいかな。
疲れ切ってる時は、楽しい嬉しい大好きの単純で明るい世界が癒されますから。
ボクが運転するよ!ってキミもワイン飲んだやろ!
60年代アメリカ。キューバ危機の前か後かわからなかったけど、一般家庭でもシェルターを作ろうかなどと話題になってる時代。「富は富を生み」などとの台詞もあり、この時代でも格差社会の片鱗が見え隠れする時代でもあった。 失業率が高いといった風でもなかったけど、山火事の消火に駆り出される男たちの国を守るという生き様にも共感できる(時給1ドル)。『オンリー・ザ・ブレイブ』で見た“炎の熊”なんてのとも戦わなければならないんだろうぁ。ただ、山火事の場所はカナダのラジオ番組も受信してしまうモンタナ州。「初雪が降れば帰ってくる」とか、写真館での撮影とか、雰囲気はまるで韓国映画みたい。 家族の絆の崩壊と再生。などと簡単に言ってしまえばそれまでですが、人が死ぬほどの事件も起こらないし、のんびり構えていたために消防隊ボランティアに参加もできたんでしょうね。しかし、人のことは避難できる立場にないのですが、職を転々とすると、家族の目が変わってしまうのです。特にそれを敏感に感じ取るジョーの視点で描かれている点が素晴らしい。両親どちらのことも愛してるから、それを取り繕う大人な言動。終盤は、どーんと彼に感情移入してしまいます。 写真館のエピソードがそのまま伏線となり、ジョー少年もやがて写真関係か映画関係の道に進むんじゃないかと想像させてくれるのが幸せ感いっぱいになります。両親とも大学出だから頭も良さそう。ただ、宿題だけはたまに忘れる・・・ ちょっとだけガソリンってのが引いてしまい、そこだけは思い出したくない・・・7月18日以前に鑑賞できた人はラッキーですね・・・
子供が両親に翻弄させる映画❗
星🌟🌟🌟🌟まったりした展開で正直眠たかったのですが…内容は意外と良かったです❗なんだかんだ言って子供みたいに我儘な両親に翻弄させる息子❗意外と冷静に物事を観ていて正直彼が一番賢いのだな‼と思いました❗ラストの写真を両親と一緒に撮るシーンはちょっとホロリとさせられました❗もうちょっとテンポ良い展開だったらもっと良かったのにそれが残念です❗
両親のキャラのデジャヴ感が残念。
【メモ】 ポール・ダノ初監督。 家庭のちょっとした綻びがどんどん広がっていくのを、 ただ成すすべなく見つめる少年の姿が居た堪れない。 少年の心の機微は丁寧に描かれているが、 両親のキャラにデジャヴ感があるのが残念。 父親は「ファミリー・ツリー」のブラピみたい。 写真に対する思いがよかったよ。 親は、人間は、野生の生き物。
どうしたポール・ダノ?むちゃくちゃ良いやん!
ちょっとビックリ。だって、むちゃくちゃ良かったから!スイス・アーミーマンの印象が、強烈な残像となってしまってるポール・ダノの初メガホンだそうです。もう、あのビジュアルは忘れます。いや、やっぱり無理かw
一人息子。父の不在。女と化してしまう母親。壊れかける母子の絆。と、ここまでのプロットは今年6月に全国公開されたポーランド映画「メモリーズ・オブ・サマー」と同じ。ポーランド人は、そのまま母子の絆を壊して息子が精神的に親離れするところまでで終わりました。こちらは、その後までしっかりと見届けます。と言うか、そっからが本番。
久しぶりに見たキャリー・マリガン。少し老け目だけど、相変わらずの「男殺し感」。キュート。ギレンホールは2週間振り。この二人の役者振りに救われているってのは、あると思う。というより、二人の演技を強調する演出。カメラを向けて、そこで顔芸芝居。しかも結構の長尺あり。二人の演技は、見応えあったです。が、ポール・ダノの嫁はゾーイ・カザンでしょ?いや、実はマリガンより、この役にはまりそうに思うんだけど、ってのは言いっこなし?
いずれにしても、これが「アメリカ映画」だってのには、焦る。ポール・ダノはNY生まれの子役上がりだそうです。旧い日本映画、イタリア・フランス映画、見まくってるでしょ。タイム感がアメリカ映画には無い感じ。そもそも、米国脚本で、これほどに「派手なイベントも事故も事件も起きない物語」は嫌われる。というか、嫌われてきた。多少、風向きが変わっていることを感じさせる映画は、ボチボチあったけど、これもその中の一品。個人的には、かなり好きです。
繰り返すけど、アメリカ人にこんな映画撮られた日には、日本人はどうすれば良いのかと。ラストカットと幕切れの瞬間から、ジワジワと胸に滲みて来る温かさを噛みしめながら、「メディアが狂わせた価値の評価軸の是正」が、一向に進まない日本映画界の将来に不安も覚えるのでした。
ちなみに「野生生物」と言うタイトルが意味深。息子のジョーから見た母親の事ですよね。あの夜、野生生物に見えたのか。少年は荒野に立って前を向く。と言うか、家族は、まずは「自分の足で立ってみた。歩いてみた」。この後、家族の絆がどうなるかは、誰にも分らないけど、この写真は、僕の家族が、ちゃんと自分の足で立って生きていることを記念したもの。それが、僕の家族の門出。
写真館で「記念撮影」に立ち会い、多くの家族の、夫婦の、友人達の絆を、門出、生きている記録をフィルムに収めて来たジョーは、胸を張って誇らしくシャッターを切りました。
良かった。とっても。
と言うか、ポール・ダノ、あなたヤバいヤツだったんですね。次作も期待してますから!
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