「女性監督の時代」幸福路のチー Imperatorさんの映画レビュー(感想・評価)
女性監督の時代
早すぎる「自叙伝」、であろうか。
半分くらいは監督の実体験が元になっているという。
現在と過去のフラッシュバックが入り乱れて描かれ、過去が現在に追いついたところで、映画が終わる構成となっている。
話は全然違うが、最近観た映画「レセプショニスト」も台湾出身の女性監督の作品であり、最終的には故郷に帰って再起をはかる女性の物語という点は共通している。
第一印象は、なんという悪趣味な色使いか、ということだった。
煙は赤やピンク色だし、影が黒色であった例はない。
明度の高い、様々な色調のパステルカラーが、ゴチャゴチャに入り乱れている。
意図はともかく、結果的に「幸福路」という奇妙な地名と釣り合った、“異空間”が表現されている。
主人公は、台湾原住民の中で一番多いという「アミ族」出身の祖母をもつクォーター。
ビンロウを噛み、鶏を殺す“野蛮”な祖母が、主人公は大好きだ。
(とはいえ、この件がトラウマになったのか、冒頭で鶏肉アレルギーを示唆するシーンがあったと記憶する。)
主人公は、鶏に乗って空を飛ぶ、この祖母の亡霊のアドバイスだから、“ということにして”、“心の目”の命ずるままに生きていく。
興味を引いた点が2つある。
1つは、“かわいい”という、欧米人には伝わり難いと思われる感覚が、日本と台湾で共通しているらしいことだ。
絵柄そのものがそうだし、全体としても、感覚的にシームレスに“通じる”ものがある。
日本の漫画やアニメの影響が、もしかしたら今日では、すでに“彼ら自身の文化”として、血肉化されているのではと推測された(ただし、監督は京都大学でも学んだそうだ)。
もう1つは、台湾現代史が垣間見える部分で、少しだが歴史の勉強をさせてもらった。
「蒋介石」が死んだ時に生まれ(1975)、「蒋経国」の葬式(1988)の時には中学生。
小学校では、“台湾語”が禁じられ(罰金になる)、下品とされる。
「戒厳令」が解除されて(1987)、台湾は自由化・民主化へ向かう。
“医者になれ”という親の説得を拒否して、文学・哲学の道に進んで、大学ではデモに明け暮れる。
独立派の「陳水扁」が当選(2000)した頃に、大学を卒業してメディア会社に勤め、“金を稼ぐ機械”と化す。
「921大地震」(1999)で、バイク店の友人を失う。
「9.11」(2001)が起き、「陳水扁」が“疑惑”の再選(2004)を果たした頃にアメリカに渡る。
親中派の「馬英九」が当選(2008)(母は大喜び?)。
結婚するが、子供を持つことに消極的な夫に失望。祖母の葬式をきっかけに台湾に戻り、妊娠を知りながら、離婚を決意する。
そして、学生が「立法院を占拠」(2014)した頃、映画は終わる。
“総統”の入れ替わりが、時代を画するものとして機能しているのは面白い。
なお、よく見ると、時系列や時間間隔は、必ずしも厳密には作られていないように思われる。
その他、いろいろと盛りだくさんの作品である。
何度も、“絵本”風の幻想が入り込み、ヒーローが現れたり、小学校の先生は怪獣に変化する。
父や母の描写が非常に多く、「チー一家の物語」と言っていいほどだ。台湾帰国後の、母の逮捕や衰えの描写は、胸に迫るものがある。
また、金髪・碧眼のベティとの交流を通して、多面的な視点も取り入れている。
(女性ではないので)自分には正直なところ、いろいろ勉強になったものの、特に面白い話でも、感動的な話でもなかった。
ただ、過不足なく「自叙伝」を描き切ったというのは、並大抵のことではないと思う。
ベトナム映画「第三夫人と髪飾り」といい、これから先、アジアは“女性監督の時代”なのかもしれない。