「「ものごとを成し遂げるには、頑固であれ」」シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢 Teiranさんの映画レビュー(感想・評価)
「ものごとを成し遂げるには、頑固であれ」
最初に簡単に感想を書いてしまうとこれは、
「一途に思いを貫き通した男のロマン」の話だと思いました
対人関係に難あり(発達障害?)の主人公、郵便配達員のシュヴァル
「歩くことが好きだから」郵便配達員を選んだという彼
それが、望んでいなかったはずの子供誕生が、女の子だった事と
アンコールワットの記事や、転んで見つけた変わった石をきっかけに、
この子が暮らす、おとぎ話に出てくるような宮殿を作ろう!と思い、
実行するのです
一歩一歩、歩む配達の仕事のように
ひとつひとつの石を積み上げてコツコツと・・・
それはもう、一途に頑固に・・・
娘アリスは最初、自分の好みではない宮殿を作ろうとする父親に反発
妻も全治一か月の怪我を負い寝込むシュヴァルに
「こんな事はもうやめて!」という
しかし、寡黙で妻曰く
「話さないけど、行動する人よ」のシュヴァルは行動する
毎日10時間郵便配達をして、10時間宮殿作りをして眠る日々
アリスは近所の悪ガキどもに、シュヴァルの作る宮殿を
「ヘンテコ宮殿」とからかわれ嫌がるが、むしろそのことで
父親の不器用な愛情表現を受け入れていこうと気持ちが
変わっていく
妻も、「男のロマン」に生涯を捧げる意思が変わらない夫に
寄り添っていく
昔亡くなった前妻の息子、成長したシリルとシュヴァルが再会
少しづつ、ふたりの距離が近づいていく
宮殿作りが人々の噂に上って、新聞記者の取材があったり
(「ロマンから来ました」には笑ったw)出来上がりの形が
見えてきた所で写真撮影(当時は一日5枚しか撮れなかった)が
行われて、シリルとシュヴァルが一緒に写って、最初距離が
離れていたのに、次は距離が近くなっていて、そんな所に
ふたりの距離感が変わった事が暗示されていて
じんわり良いシーンだな・・・と思いました
派手さはないけど良い場面が沢山ある映画です
冒頭
郵便配達の為に歩くシュヴァルの後ろ姿から、物語が始まる
はっ、と意表を突かれたさりげないオープニング
前妻を亡くしたシュヴァルが、配達途中で山道や田舎道を黙々と歩いていて
美人でよく気がつく女性とぎこちなく言葉を交わし、水を振舞われる
「この先は上り道だから(のどが渇くでしょう)」
次のシーンで彼女が寡婦である事を知り
次のシーンで、仲良く長椅子に腰掛け話をし
次のシーンで、彼女が花嫁衣裳を着ているので
(あぁ・・・結婚したんだな)という事が分かる
そして妊娠
大きなお腹を撫でている妻を家の窓の外から覗く夫シュヴァル
次のシーンで、子供が生まれている・・・とまぁ
話の展開の早い事w
無駄なシーンがなく、言葉少なに多くを語る系の映画で
セリフは少なめ、説明的なナレーションは一切入らない
なのに「出会い」「結婚」「妊娠」「出産」「娘にひとりよがりな
宮殿の夢を語る父に娘が反発」「しかし、そんな父親を受け入れるようになる娘」
「咳をする娘」(死亡フラグ)
「シュヴァルの悲痛な叫び声が聞こえて、その場にいないのに
娘の死を悟る母親」「絶望するシュヴァル」「息子と再会」「不器用に
繋がる父と息子」「息子が自分の娘につけた名がアリスで、シュヴァルは
亡くなった自分の娘アリスの思いを重ねて、失意の思いを乗り切り
宮殿完成までこぎつける」「33年がかりで完成させた宮殿で、それまでの
人生で見送った娘と妻と息子たちと、「一緒に眠る」というシュヴァル、
孫娘アリスが完成した宮殿で結婚する場面で、「王子様と結婚」したんだな
・・・長年の自分の夢が叶った・・・と、こと切れる
・・・ここまでの流れが、過不足なく、
視聴する側が、自然に飲み込めていく話の作りはすごいの一言
だって、画面に成長した息子や孫娘が現れた瞬間に、彼らが誰だか
わかるんですよ 何の説明もないのに
寡黙なシュヴァルの、たった一言で気持ちが分かる
(わかり辛い所は妻が一言フォローを入れる・・・
あぁ・・・この妻は、夫の事をよく理解しているんだと思える)
娘の為に、宮殿を作ると決心し、身を粉にして頑張る父親
息子の為には何もしていない
そんな父親に、認めてもらいたくて遠い所で頑張ったであろう、
立派な店を開くまでに成長した息子シリルの言葉少ない話に
シュヴァルが興味なさそうに、
宮殿作りの為の石を郵便配達のバッグから取り出した後
一言ぼそっと
「よくやった」
この時の、シリルの
抑え目な表現だけど、感無量・・・みたいな一瞬の表情が
それまでの人生と父親への思いの深さを髣髴とさせる
そんな、ぐっと胸に染みる場面が多いです
特筆すべきは、優れた演技の俳優陣と絶妙なキャストや脚本
主役が別の俳優だったら、ここまでのクオリティーと説得力は
出なかったかもしれない・・・迫真の演技も勿論なのですが
彩度をやや落とした色合いの映像
絵画のような美しい風景の数々
これも見どころ
プロジェクターの大画面で観られて良かった
エンディングで、これは実話と初めて明かされます
あまりにも物語としてよく出来ているので脚色多いんだろうな~
と思いつつ
監督は、これを「男のロマン」映画として撮りつつ
ちゃんと女目線での見方も出来て作っているなぁ・・・と感じました
女たちが、絵に描いたようにものわかりがよく優しい「いい人」
ではなく、地に足の着いた、現実的に物事を感じ、とらえる事の
出来る、その上で人物の魅力があったのがとても良かった
シュヴァルの夢は「彼の夢」
彼は、死にゆく妻に「この宮殿はおまえのものでもある」と
語るのですが
妻は、夫の(自分が良かれと思ってやった事だから、家族にも喜んで
もらえるに違いないという)思い込み(男のロマンは大抵の場合
ひとりよがり・・・そして、男の愛情表現は女が好む「共感」よりも
「行動」であったりもする)と、
郵便配達員のままで一生を終わりたくない気持ちがどこかにあって、
娘の為と言いつつ何か人生を賭けて大きな事を成し遂げたいという夫の願望を、
わかった上で、そういう生き方しかできない夫を
受け入れたんだと思う
「おまえのものでもある」という言葉は、自己満足的だと思うけど
それでも妻は、死の際で繋がれたような気持ちがしたんじゃないかな・・・
観終わって、号泣するタイプの映画ではないです
でも、
胸の、奥深い所にずっしりと
根を下ろしたような、深い・・・染み入るような感動・・・
この映画は、あらすじや結末わかっていても
一見の価値ありです
ひとりでも多くの人に見ていただきたい
ずっと・・・
記憶に残る、一作になると思います
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映画の中で
シュヴァルが自身の作った宮殿の中で刻んだ文字が
「ものごとを成し遂げるには、頑固であれ」
だったのを思い出しました
感想、いろいろ書いたけど
結果(宮殿の完成)が出せたのは良かったと思う