「ある未公開映画の面白さと素晴らしさ」ある女流作家の罪と罰 近大さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0ある未公開映画の面白さと素晴らしさ

2019年7月9日
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鑑賞方法:DVD/BD

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スランプ中の女流伝記作家。
そんな彼女が才を発揮したのは…。
亡き有名人の手紙を偽造し、高値で売り飛ばす詐欺を働いた伝記作家、リー・イスラエルの自伝を映画化。
アカデミー賞3部門(主演女優・助演男優・脚色)にノミネートされた事も話題に。

これまた大胆でユニークな詐欺事件!
…にしても、こんなにも容易く騙せるものなのか?
騙せるものなのだ。
リーはかのキャサリン・ヘプバーンから実際に手紙を貰ったり、伝記作家として当該人物の素顔のリサーチや想像力に長けていた。
専門家やコレクターなんて肩書きだけ立派で、らしい文面やサイン(勿論これも偽造)さえ書かれていれば、ろくに検証したりもせず、いとも簡単に信じ、騙される。
これは、リーの思わぬ才能と傲慢な専門家たちへの皮肉/風刺劇でもある。

とは言え、中には本当に目利きの専門家も居る。
あっという間に疑いが掛かる。
そしてリーは、本当の犯罪に手を出してしまう…。

リーがやった事は紛れもなく許されない事。
伝記作家でありながら、歴史や敬意を冒涜。
他人を巻き込み、他人を騙し、他人を傷付け…。
キャサリン・ヘプバーンからの手紙を売った古書店の女店主。気が合い、食事をしたり、小説家を目指しかつて書いた短編小説を読んで貰うほどの親交を持ったのに…。
だけど何故か、憎み切れない。
生活はどん底。仕事はクビ、家賃も愛猫の病院代も払えず、部屋は異臭を放ち、アルコールに溺れ…。大切な宝物さえ手放す。
そんなどん底人生でも、もう一度、作家として何かを書きたい…。
それが、偽造手紙だったのだ…。

リーは不器用な人間でもある。
上手く自分の気持ちを伝えられない。
それ故、つい毒舌を吐きまくる。
だから名文の小説よりちょいシビアな語りの手紙に才を発揮したのだが、卓越した文力は確かなもの。
どうしてそれを、自分の気持ち/言葉として、小説書きに活かせなかったものか。
宝の持ち腐れと言うが、才能の持ち腐れだ。

地味な作品ではあるが、スリルやダークなユーモアもまぶし、見応えは上々。
そして、絶品のキャスティングと演技力。
当初リー役はジュリアン・ムーアの予定だったらしいが、メリッサ・マッカーシーになって大当たり!
まさかあのメリッサが、これほどのシリアス演技を見せてくれるとは!
言うまでもなくメリッサは、現在ハリウッド屈指のコメディエンヌ。
そんな彼女の新境地と真の実力。
ユーモアある毒舌、侘しさと人間味滲ませる様は、メリッサだから創り上げる事が出来た。
リーの旧友、ジャック。演じたリチャード・E・グラントをお目にかけたのは、いつ以来か。
昔は二枚目イギリス人アクターだったが、いい意味で絶妙の枯れ具合。
役柄も悪事である事を承知しながらも加担し、ゲイで、終盤病魔にも侵され、リーとどっこいの不器用なダメ人間。
それでいてリーと腐れ縁で、軽妙さと哀愁、時折スマートな佇まいも感じさせる、超上級の複雑さと繊細さを見事に名演!
この二人の友情劇にもしみじみ。
また、ジャズ風の音楽も心地よい!

一級の演技力、出来映え、見応え。
実際にあった詐欺事件を面白いと言うのもあれだが、非常に面白かった!
悪いのは、こんな秀作が未公開である事。
ミニシアターでもいいから、劇場公開して欲しかった! きっと口コミヒットしていたに違いない!

近大