劇場公開日 2021年10月15日

「良いシーンが沢山あるだけに惜しい出来上がり」燃えよ剣 アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0良いシーンが沢山あるだけに惜しい出来上がり

2021年10月16日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

興奮

知的

司馬遼太郎の原作は名著である。土方歳三を中心として、その生い立ちから仲間が集って非常に実戦的な天然理心流の道場を形成し、やがては京に上って新撰組として一世を風靡しながら、やがて戊辰戦争に伴って北に転戦しながら敗戦を続け、遂には箱館戦争で絶命するまでが俯瞰してある。百姓上がりの出自を馬鹿にされまいと、新撰組では武士にあるまじき行為には全て切腹を求めるという鉄の戒律で隊の規律を保ったが、男ばかりの集団の中では実は男色が蔓延して情欲絡みの不祥事も多発していたことが描かれている。

だが、この映画では男色関連の描写は一切描かれていない。そればかりか、時間のスケールを原作と同じにしてしまったため、全てのエピソードが要所のみとなっていて、登場人物の描写も表面的であり、原作や他のドラマで新撰組についてある程度知らなければ疎外感しか感じられないような作りになっていた。とても男色関連まで拾い上げる余裕はなかったということであろうか。隊士の扱いにも濃淡が見られていて、特に、明治維新後まで生存した斎藤一、永倉新八、原田左之助の中で、斎藤以外の二人の印象が極めて薄かったのが解せなかった。

解せなかったといえば、新撰組の隊服としてよく知られている水色のだんだら模様のものの他に、黒一色のものが登場していたのだが、あれはどれほど史実に沿ったものなのであろうか?その両者が混在しているなど、隊としての統一感に欠ける描写の意図が全く不明であった。また、若い頃の描写において、頭髪や衣服が非常に乱れていたが、あんな不潔な日本人はいつの時代にもいなかったはずである。またしてもこの監督の自虐史観を見せられたようで嫌な気がした。

印象的だった隊士役は山崎丞で、早口の関西弁で捲し立てるところや、表情に乏しすぎるところなどがいかにも密偵らしさを感じさせていた。また、藤堂平助をはんにゃの金田が演じていたのも目を引いた。最近テレビでは全く見なくなってしまったが、役者に転業したのであろうか?更には、理屈っぽ過ぎる山南敬介や、ヘタレ過ぎる徳川慶喜、苦悩を絵に描いたような松平容保なども印象的であった。

これまでに、土方を演じてきた俳優は数多く、映画とドラマで2度も大役を果たした栗塚旭を筆頭に、ビートたけし、山本耕史、渡哲也、地井武男、近藤正臣、中井貴一、役所広司などがいる。今作の岡田准一は実物の風貌にも近く、期待していたところ、殺陣の見事さでは歴代屈指の高みを見せてくれたと思う。惜しむらくは眼力の強さが終始抜けず、穏やかな表情に乏しかった点である。函館で戦死する数日前に撮影されたとされる現存する本人の写真からは殺気などは一切感じられず、意外なほど穏やかな風貌であるのに対し、岡田の写真は緊張感が迸っていた。

音楽担当は馴染みのない女性の作曲家で、ビゼーの「真珠取り」やカルメンの「ハバネラ」を引用した曲が印象的であった。特に冒頭と最後に流れる「真珠取り」は、同じ場面であることを示すのに見事に貢献していた。ただでさえ胸を打つ「真珠取り」の曲をああした場面で流されると、ひときわ胸に迫るものがあると実感させられた。

函館で土方本人が過去を語るという設定をするならば、話をもう少し絞った方が良かったのではないかという気がした。新撰組についての予備知識がない者には何がなんだか分からず、知ってる者にはあらすじを見せられているだけのようにしか感じられなかったのではないかと思う。血糊の量の多めな芹沢鴨の暗殺シーンや、スケールの大きい箱館戦争の野外戦闘シーンなどは非常に見応えがあっただけに、いろいろと惜しいと思った。
(映像5+脚本3+役者4+音楽4+演出4)×4= 80 点。

アラカン