劇場公開日 2019年9月13日

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「役に立つ新しいものをひとつ求めれば、古いものはひとつなくなっていくんだよ。わかるか?船頭。」ある船頭の話 栗太郎さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0役に立つ新しいものをひとつ求めれば、古いものはひとつなくなっていくんだよ。わかるか?船頭。

2020年1月10日
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鑑賞方法:映画館

色彩鮮やかでありながら尖った印象のない画質。斬新なカット割り。風景に溶け込んだ人と衣装。ジム・オルークのような、ティグラン・ハマシアンの繊細で情感あふれる旋律。ため息を漏らしながら眺めた。監督のこだわった映像と音楽がマッチして見事な仕上がりになっている。
ストーリーは、山本周五郎を思わす。もしくは松本清張「左の腕」。この、穏やかな人々の暮らしが、どこかで亀裂が生まれてくる予感を絶えず抱えながら、世の移り変わりを儚む。近代化の進む明治期、橋の完成とともに渡し舟も無用となる。それは現代においても同様で、瀬戸大橋ができたあとの宇高国道フェリーなんてまるで同じ。人々は楽になる方を選ぶもの。それは人間の英知であるから素晴らしいことなのには違いないが、交通に限らず、便利なものができれば、要らなくなるものは出てくる。それを便利と呼ぶのだろうが、数十年のちに風情がなくなったと嘆くのは身勝手でもある。だが、この映画の言いたいことはその批判ではない。フライヤーに"they sey,Nothing stays the same"とあるように、"無常"なのだ。移りゆく時代に抗えないもの。だからトイチは、「ああ、もちろんだ」と受け入れるのだ。
流れてきた少女は、悪意のない異物である。ただそのために何かが変わっていく。橋のように。
あの少年は、トイチ自身である。人に言えず隠してきた過去でもあろう。船に乗る乗客との会話からそれを読み解く作業は、この映画の仕掛けの上手さだ。
トイチこそ孤独だった。誰か傷付けたのか、捨てたのか、裏切ったのか。自分を失くして言葉少なになった船頭であったのに、自分が生きている意味を手にしようとするラストには震えた。オダギリ・ジョー、しびれるセンスだ。

栗太郎