ジョーカーのレビュー・感想・評価
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最も素晴らしい悪役の条件とは、謎に包まれていることだ
hahaha!!という大声が聞こえて、この映画は始まった。
笑い声なのか、泣き声なのか、理解しようとすればするほど分からなくなる。
その声の主こそJOKERである。
彼のアップから視点が変わり、冷めた目で彼を見る女性が出てくる。
彼の感情が読めない。観客の視点は、カウンセラーの女性とリンクする。
映画の冒頭から彼は狂っていた。
だがしかし、その後の展開は不気味なほどに、起承転結が順序よく描かれている。
コメディアンを目指す男のどん底人生。
溜まっていく社会への恨み。
悪へ落ちる転機。
次々と人を殺し始め、ついに悪として覚醒する。
彼がダークヒーローであることを象徴するかのように、市民が彼を崇拝するクライマックスには圧倒される。
だが、何か間違っていないだろうか?
復讐のために次々と人を殺すことに納得してしまっていないだろうか。
ある男が社会で爪弾きにされ、虐げられ、惨めな思いをしている様をじっくりと観たからこそ、「この悪は生まれるべくして生まれたんだ」と感動してはいないだろうか。
「如何にしてJOKERという悪役が誕生したのか?」
そんなことをこの映画を見て、欠片でも理解した気でいないだろうか。
hahaha!!
と、大きな笑い声がする。
精神病棟の真っ白な部屋の中、カウンセラーの女性を前にして、その男はこう言い放つ。
「一つジョークを思いついたんだ」
そう、これまで語られてきた全ての出来事は単なる彼の妄想話であったのだ。
これで、結局JOKERという男のことは謎のままである。
もし、ここまでの映画の展開が本当であると信じ、JOKERという男を理解した気でいるなら、最後のジョークの意味は彼の言葉の通り。
「あんたには、わからないさ」
なのである。
悪役はなぜ魅力的なのだろうか?
その答えの一つが、人の想像に及ばない存在であるから、ではないだろうか。
何をしでかすか分からない、だからこそ、その一挙手一投足に注目してしまうのだ。
映画として凄い。
現代の世界の貧富の差からくる
人間が生み出すものがすべて出てくる。
人種?差別
介護問題
銃
福祉
マスコミ
人生における幸せとか、悲しみとかなにか?
あるひとの悲劇は、別の人にとっては喜劇?
妄想と現実がごちゃ混ぜで、何が本当だったか
一度見ただけではわからないぐらい。
シリーズものと考えてどうかはわからないけど、
見るべき1本かと思う。
あらゆる悲しみがありそうだけと、
なかったものあったよ。
それは「天災」これは人間が生み出すものではないからか。
逆に考えると、天災以外は人が生み出したものだから、
解決できるはずだ。
日本では結構頑張って解決したように思うけど、
余談が過ぎたかな。
追記
2度目
妄想場面の切り替わりは、明確なサインは無かった。
最初のカウンセラーと、最後のカウンセラーは違う人だった。
場所も、事務所的なところと、病院内の白い壁。
トーマスウェインは、実の父親か?
30年以上前の家政婦の事を、執事が知っていて、
その息子か?と聞いてきた。
手紙何通も出してからか?
そうではなく、なんらかの事情がありそうな描写。
あと、映画館で直接に対面した時、
かなり強烈に殴られた。上流階級の人間が、
なんら関係ないとしたら、罪を問われそうな暴力
を簡単にはたらくとは、思えない。
逆に、なんらかの関係を疑わせる。
病院のカルテが、改ざんされた可能性の方が疑わせる。
最後の思いついたジョークは、両親の惨殺された
ブルースが、正義の味方バットマンとなり、
ゴッサムの悪と闘う
これからのバットマンシリーズという
壮大な物語のジョークを思い付いたという事。
長めのブルースと両親のシーンの挿入があったし、
ズームアウトしているので、時間の経過を表している。
jokerという、世襲の悪役の誕生か?
日本も、これからこうなる?
自分も、jokerになりうる?
自分は、今まで日本はかなり克服してきたと
いう感想が強い。これからそうならないように
願う。戦後世代の努力に感謝しかない。
敗戦のゴッサム以上の廃墟から、これだけの
発展したんだから!
この感想を書いてるレビューは、まだ読んだ事ないから、
誰かいないかな?友達になれそう。
世代により、感じ方が違うのか?
悲劇でもない、喜劇でもない、見事なまでの風刺映画
なんじゃ、こりゃ! まんま?現実世界の話じゃん!
昨今のニュースでもよく聞く、実の親にひどい扱いを受ける子供たちの話
格差社会、貧困層、非正規雇用、若者の絶望・・・
また、映画の中のウェインや富裕層と貧しい大衆の対比は、そのまんま、
ポリティカルコレクトネスを主張する民主党と怒れる取り残された白人貧困層
を思わせる。
もうこれは、悲劇でもない、喜劇でもない、他でもない我々の現実を見せつけられているよう
元々原作者はゴッサムシティをニューヨークの風刺として描いたという話は聞いたことがあるが
バットマンにここまでの深みがあるとは思わなかった・・・
出口を求めて彷徨うジョーカーの怒り・悲しみ・絶望は、爆発するが、決して昇華することはない
ホアキン・フェニックスがほんとうの悲しみを表現している。人によっては、見るに堪えない映像
最も深い怒り・悲しみ・絶望を知った人は、どうなるんだろう?
ジョーカーのようになるのか? 果たして・・・
軽々しく、愛が・・・などと語れない、重みがこの映画にはある。
まさしく、悲劇でもない、喜劇でもない、我々の今とこれからが、ここに語られているように思う。
ホアキン・フェニックスの名演はヒース・レジャーの怪演の裏付けを見事に果たしている。
続編を求めたい。この耐えようのない怒り・悲しみ・絶望の出口を求めたい。
その昇華を求めたい。
でも、そんなものは存在しないのかも知れない・・・
だからこそ、続編を求めたい。そこには、その時点での現実が反映されているだろうから。
上か?
ホアキンさんの演技は素晴らしいけど、自分もこれはジョーカーじゃないと思う。ハーレィクイーンも、ジョーカーに恋してない設定みたいだし、やっぱ、バットマンが出てこないジョーカーはジョーカーじゃない。
ただ、カメラワーク、色使い、ロケーション、小道具、衣装などなど、どれも素晴らしいし、階段のシーンは映画史に残る名シーンだと思う。
何にもなれない君へ
とても哀しい、辛い映画で、これがヒットして皆が共感している世界はとても辛い状況に来ていると思う。
二重のトラップがある映画だ。
一つは、誰しもアーサーのように悪に染まっていってしまうという不安に駆られることだ。
ただし悪に駆られて承認欲求を満たせることが、この映画において主人公の救いになり、一部の観客にとってのカタルシスになっている。
二つ目のトラップは、悪に染まることすら叶うことのない、全てが彼の妄想なのかもしれない、というラストの最悪のカタルシスすら否定する現実の残酷さだ。
妄想しているだけ。君の行動では何も変わりはしない。
バットマンになりたい?? 君らはお金がないから無理だね!
じゃあ、ジョーカーになろうか!!
君らはただの妄想好きの庶民で、ジョーカーになんかなれないよ! 面白いジョークだね!!!
じゃあ、僕らは何になれば良いのか。
ジョーカー爆誕!これを見ればバットマンワールドにおけるヒーローとヴィランの立ち位置が分かる!
〇評価が真っ二つに割れてる件について
私の場合、事前に「ジョーカー誕生の物語」と知った上で視聴したので、非常に腑に落ちるというか、社会的不満を持つ人や他者から排除されてしまう立場の人たちがどういった経緯でヴィラン側に寄って行くのかというのが非常に分かりやすく描かれていて高評価を付けました。
逆に「ダークナイト」に登場するような狡猾で派手にドンパチする様子が描かれているジョーカーを期待した人やバットマンの世界について何も知識がない人は評価が低くなって当然だと思います。というのも映画としては終始、一人の男がヴィラン(ジョーカー)になるまでの経緯を描いているだけで、物語として谷あり山あり最後にオチでまとめるといった後味すっきりという構造にはなっていません。またバットマンにおける重要人物としてブルース一族などが出て来ても、ただの端役の家族にしか見えないと思います。
〇ジョーカー(ヴィラン)やヒーローという存在について
若干のネタバレになりますが、物語終盤で主人公が扮するジョーカー以外にも民衆が暴徒化してピエロに扮するシーンが出てきます。これを見た瞬間、「今回はあくまで映像としてジョーカーだけにスポットを当てているが、それ以外の社会に不満がある人や虐げられている人達はごまんとおり、その”複合体”がバットマンワールドにおける「ヴィラン」の正体でもあり、ジョーカー個人だけを描きたかったわけではないんだな」と感じました。なのでジョーカーと名乗る一個人をバットマンが倒しても、次から次へとヴィランが現れるし、同じような民衆の中から別のジョーカーが現れてもストーリー的にも全く不思議ではないなとすごく腑に落ちました。
それとは逆に、世間一般的な良識やルールに則り、ルールから逸脱したカウンター的な存在であるヴィランを除外するもの”複合体”が「ヒーロー」と呼ばれる存在であり、その良識側の代表として作られたものがバットマンなんだなと。またヴィランが増加するのに比例するようにヒーローやヒロインが追加で出てくるのも社会構造として必然と言えるかと思います。
(※まあヴィラン側からしてみれば、バットマンこそが悪で、ジョーカーがヒーローなんでしょうけど・・・)
〇最後に
映画を見終えて最初に思ったのが、現代のネット社会で世間一般的に良識と呼ばれるものに外れたことをする人がいる一方で、正義感あふれる人に叩かれ晒上げられる構図そのものだなと思ったことです。(※世間一般的な常識と呼ばれるものから外れているだけで、差別や除外する人がいるのも同様で)
この構造を取り入れてる限り永遠に物語が作れるし、ヒーローとヴィランどちらの視点で物語を描いても、確実に共感を得られる賢い作品作りをしてるんだなと感心しました。またその一方で、この社会構造を物語に取り入れてる限りヒーローとヴィランの戦いは永遠に終わらないし、人々に脳を弄って思考を統一するぐらいしか戦いが終わらない気がするのは気のせいでしょうか?
想像通りの映画の内容。想像を超えたホアキンの怪演。
REALISM?
困ったなあ...
間違いなく熱演です。
共感できるかというと微妙だけど
変なrealismは感じてしまった。
心を病んでいるというが、劇中の社会や他の登場人物の方が病んでいると思った。
確かに適応障害ではあるけど
自分を殺すか
他人を殺すかしかないのは...
何が一番狂ってるのかしら。
メインテーマは「暴動の正義」?
FAGAとAIに支配されたら、
理不尽に支配されたら、
暴動するしかないの??
今年みた印象に残っているアメリカ映画は
グリーンブックとワンサポンナタイムインハリウッド。
みんな60年代
今のアメリカは映画の舞台にならないのかなあ?
わけわかんないことばかり考えてしまった。 鬱
性格悪い人ばかり。 鬱
タランティーノの方が、楽しかった。
スカッとした自分にガッカリした
精神疾患、国からの援助断ち切り、同僚の謎の親切(銃)は、同業者を追いやるための罠。彼は笑ってしまう、それでも社会の中生きようとしてた。マイノリティ。
マイノリティを自然と受け入れない社会。根付いてる普通という当たり前。バカにされてもそれをマイノリティだからと我慢しなければならないのは何故か。
信じてた母親、父親だと思いたかった人、すべて嘘だった。可哀想だと思う私も彼には嫌われるのだろう。
我慢を辞めてからの展開にスカッとしてしまった。私はマイノリティ側だから、ジョーカーに感情移入してしまった。そんな自分にガッカリした。
これが全部妄想だったとしても、心の中で自由になれた彼は多分幸せなんだろう
胸糞映画はやめよ!
どんなに絶賛されようが、終始心を締め付け、震え上がらせ、軽蔑させる映画は自分の滋養にならないことを学べた。
若い頃憧れた、自由の国アメリカ、あんなに汚い国だったっけ?あんなに自己中な人ばっかだったっけ?あんなに人を馬鹿にする、冷たい国だったっけ?
地下鉄の汚さ、街の汚さ、バスの汚さ、店のきたなさ、部屋の汚さ…あらゆる汚さを堂々と晒されて、ずっと国の民度を疑ってた。最後の拘置所内の廊下が1番綺麗だった皮肉。
日本もそりゃ馬鹿な人がいるけどさ、そこまで自由を与えられなかったからこそ、秩序があって、節度もあって、清潔を好む国柄。…全く関係ない感想かもだけど、改めて日本に生まれてよかったなと思わせてくれた映画でした。
…本音を言えば、イケメンが見たかったwww
アメコミのヴィラン映画としてはカタルシスが足りない
前評判が良かったのと、ノーランのバットマンやスーサイドスクワッド等も観に行っていたので試聴。
本作のジョーカーは、孤高の悪のカリスマのヴィランではなく、劣悪な社会環境・家庭環境により精神を病み殺人を犯してしまった哀れなおじさんだった。
勿論、ホアキンフェニックスの演技はよかったのだが、映画自体は終始暗く、ストレスはあってもカタルシスは感じられなかった。
ジョーカーというヴィランの悪性、魅力は、ほとんど感じられず、哀れなアーサー君が殺人者に身を落としていく過程が描かれていた作品。
狂気もあまり感じられない…というか、アーサーが置かれた状況で精神を病んでいれば、殺人者になってもまぁ是非もないよね!という感想。
同日に視聴した『宮本から君へ』の宮本の方が、余程狂気的で恐ろしかった。
魅力的なヴィランであるジョーカーを期待するなら、観ない方が良いだろう。
ジョーカーが誕生するに至った説得力のあるストーリーを(面白いかどうかに関わらず)観たい人なら、観に行ってもいいかもしれない。
喜劇
こんなにも悲しい笑いがあるんだと思った。
どんなに辛くても周りが悪くても自分が悪くなっちゃいけないんですね…
理不尽というか心が苦しくなりました。
なんでも見た目や偏見で判断しがちですが、それこそ精神疾患の方は目で見てはわからないしもっと理解されていくべきだと訴えているようにも感じました。
病気なのに頭のおかしい人と括られてしまい、良かれと思ってやっても構うなと言われたりとか
環境で1人でもジョーカーを救ってくれる優しい人がいてくれたら変われたかもしれないのになとか思います。
不気味なのにどこか綺麗で殺人のシーンはさすがにウッとはなりますが全体的に綺麗かと思いました。
殺人を犯した後のダンスやたくさんのテレビに殺人をした瞬間のジョーカーのシーンに合わない愉快な音楽とか
ジョーカーのいう喜劇という感じがしましたね
心優しいアーサーから凶悪殺人鬼ジョーカーへの変貌
バッドマンの悪役ジョーカー誕生の理由を描いた作品。人はどこまで心が折れると、ジョーカーになるのか?
どんな時も笑顔で、人々を楽しませることが使命なのだと、コメディアンを夢見る心優しいアーサーが、狂気溢れる悪のカリスマ、ジョーカーへと変貌する。
なぜ?彼はここまで凶悪で残忍になってしまったのか?
弱者(精神障害)に無慈悲な社会に見捨てられ、自暴自棄になる・・・その過程に、切ない衝撃の真実があった。
その凶悪ぶりは、ショーン・ゲイシー(殺人ピエロと呼ばれた連続殺人犯)を彷彿させる。
終盤の暴動は、格差、貧困、失業、虐待、差別という、社会への不満が爆発し彼を悪のカリスマ・ジョーカーへと駆り立ててしまった。
これは、現社会への皮肉が込められているのだろうか。
ラスト、ブルース・ウェインの母のネックレスが飛び散るシーンをお見逃しなく。
残虐なシーンもあるが、これは物語で、社会への深いメッセージが込められている。
ホテルムンバイは実話で、その残虐さ、恐怖、テロへの怒り、比では無い。
ホアキンが背負う世界の歪み
圧巻。
ホアキンフェニックスの背中が歪み、足がばたつき、手は所在なさげにぶらつく、そういったシーンの連続が映画全体の不穏さを表現していく。
ホアキンの身体、表情を観ているだけで緊張感が張り詰め、観客の目を釘付けにする。
廊下を走る、角を曲がる、だけでひとつのアクションとなり、それらがテンポよく繋がっていく。
映画とはアクションの連続だ。
観ているあいだ良質なアクションの連続に喜びしかなかった。
ジョーカーなるものへの考察、はたまた現代性など、語ることは山ほどある。
しかし、この映画の素晴らしさは、ホアキンフェニックスという俳優の肉体の動きそのものを見続けられる喜びに尽きる。
そしてそれを支える劇音楽の素晴らしさ。
音ひとつでこのシーンの意味を伝える素晴らしい出来だった。
現実と妄想のシームレスさなど、非常に上品な演出も見事。
完璧。
かまってちゃん
鑑賞後じっくりと考えた結果
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