ジョーカーのレビュー・感想・評価
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稀代のジョーカー、爆誕
出だしの鬱展開から、一転して中盤から後半にかけての疾走感の素晴らしさ。
そして、あの「ダークナイト」の凶悪なヒース・レジャーを超えるジョーカーが現れるとは思わなかった。
しかも、ジャック・ニコルソンの狂気を上回りかねない、ラストのカリスマっぷりは見事。
ホアキン・フェニックスのジョーカーは、幼い頃の体験から来る哀しみと、それが故に抑圧された精神が、一挙に解き放たれてしまう昂揚を自然に纏っている。
さて、両親を目の前でジョーカーに殺されたウェイン少年の復讐譚は、ここから始まるのかな。楽しみがまた増えた。
ホアキン・フェニックスを見る映画=ジョーカーを見る映画
ようするに全て「ジョーク」だと
僕の理解が足りてないのかも知れないがタイトルの通りに理解した。正体不明の突如として存在していた人々を魅了し世間の価値観を揺さぶる悪のカリスマ……そんなJOKERなんてものは無い(居ない)んだと。笑い話、お伽噺なんだと。
……うるせー!わかっとるわい!犯罪にカッコいいもクソもない、人を殺すということなんて尚更そう。「作品」になんてなりゃしない、ドロドロとした感情が渦巻くドス黒いもの。他に比べようもない重たい行為。そんなこと十分わかってるよ!わかってるけどよ、JOKERに生きる力を貰ったやつ、そう俺も笑い話なのか?俺だけが特別じゃねーだろ、俺だけじゃなく他にもそんなヤツはたくさんいるはずだ。そんな俺からするとこの作品は「おまえら作り手側からメタ的にそんな説明、否定はいらねんだよ!」
あっ、主演のホアキン・フェニックスは最高でした😊
ジョーカー
彼のおかした犯罪は全てが同情できるように造られている。そこに同情するのか、いややっぱり犯罪はダメだと思うのかはこれを見た人達次第。僕の心の中では彼の犯罪を同情する気持ちしか浮かびませんでした。社会的に弱い立場に置かれそれでも働く彼を、これでもかと叩きまくる富裕層。恵まれたものたち。劇中でジョーカーによって殺された人々は全員が罰当たりであり、ジョーカーは単純な快楽殺人者でお構いなく殺しまくる訳でもなく、見ていて気持ちを分かってしまう自分が怖くなりました。
心の闇。
公開当時からずっと評判が良くアカデミー賞にも輝いた本作、『バットマン』映画はティム・バートン監督の2作しか観てなくて、本作を観る前にはやっぱり『バットマン』4作、『ダークナイト』3作を観終わってからと思っていたのですが、レディー・ガガを迎えての続編『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』の今秋公開が発表され辛抱堪らず観ることにしました。
昔からヒーローはもちろんですが、個性的な悪役にも少なからず魅力を感じる質だけにすごく楽しみにして観たのですがそんな生易しい作品ではありませんでした。
アーサーが吹っ切れ「喜劇なんて主観さ」の言葉を吐いた後、失うモノが無くなった者の嫌な強さが、ホアキン・フェニックスの鬼気迫る役作りと演技によって胸に深く刺さります。
比べるまでもありませんが、生きているとやはり嫌なことやムカつくことは起きるし、誰しもが多かれ少なかれ心の闇を持っていると思います。それだけに私も極力ストレスを溜め込まないように意識しているつもりですが、アーサーの立場になったら果たして抑えられるかというと全く自信がありません。
調べてみればとんでもない親だった母からの主人公に対する「ハッピー」という呼び名があまりに悲し過ぎるし、ちゃんと産み育ててくれた両親にあらためて感謝の気持ちが湧いてきました。
ホアキンの泣いているような笑い方が、美しい映像とも相まって心に残り、正直後味が悪い映画ですが、名作であることに間違いはありません。
余談ですし恥ずかしい話ですが…ロバート・デ・ニーロを見るのが久し振り過ぎたせいなのか、途中トーマス・ウェイン役のブレット・カレンとゴチャ混ぜになっちゃいました(汗)。
演技
演技がただただ凄かった。ストーリーも秀逸。
ただ、笑わせる人ではなく単に笑われる人を舞台に上げたり、TVショーに出演させたり、
不思議な展開もある。ゴッサム・シティ故なのか。
主人公の幻想もどこまでが幻想なのか、それを打ち破るための銃なのか、
考え出すときりがない。
何かが爽快ということはなく、この映画の面白さとはなんであろうか。
個人的には、バットマン絡みということもあって、どうしても
バンドU2 のボーカルのボノがツアーの途中で演じたマクフィスト
と被ってしまう。
理解はするが共感はしない、これは幸せなんだと思う
一般人化したジョーカーを主役に、腐敗した社会と貧困問題を取り上げた社会風刺映画。社会風刺は基本興味ないが、ジョーカーというキャラが好き、名作感にあふれる予告にホアキンが主演は趣味外でも大いに惹きつけられる要素だったので劇場鑑賞、結果アメコミ特有の派手アクションは無いものの見応えとカタルシスに溢れる名作であった。
本作を傑作と評するのも頷ける、全体的に陰鬱で何度も通して見るのは精神的にキツイが後半のジョーカー完堕ち後の階段下りは、作中屈指の気分爽快シーン。この階段は主人公の帰路で何度か見るが、堕ちる前は辛そうに上っていくのに対し、堕ちた後は一転してノリノリで明るい曲をバックに、煙草をくゆらせながら心底楽しそうに踊り下っていく。悪堕ちのはずが、まるで祝福してるように見える演出は最高に皮肉が効いていた。
もっとも堕ちる布石と降りかかる不幸の数々をこれでもかと見せられた所にこの描写は『今が楽しくて仕方ないんだろうな・・・』と納得しかない。それはグラディエーターの腹立たしいクズ皇帝を演じきったホアキンの技量も大いに貢献している思う。
痛ましい痩躯に病気で起こる苦しそうな笑い、懸命に母の世話をするいじらしさ、徐々に精神を蝕んで生まれる狂気、衝撃の事実を知り全てに絶望し咽び泣く姿、終盤の本心からの笑いとコメディ的逃走劇・・・ジョーカーを熱演し急逝したヒース・レジャーの件も含め、最後までよく演じれたなと恐怖を覚えるほど鬼気迫る演技だった。
加えて話の構成も社会問題を提唱しつつ、現実と幻覚が混ざり合った出来事を伏線にしラストで従来のジョーカーらしさを含ませた締めくくりには成程ねぇ!と唸らされた。このオチは虚言癖のキャラだからこそ相乗効果を生んだが、普通は禁じ手に近い。この起用キャラの特性とジャンルの混ぜ合わせの巧さにもじわじわと感心してしまう。
所で本作を観て共感した人が多い事に驚かされた。同じ状況に陥ったらと想像すると彼の選択も仕方ないと理解はするが、共感するほど社会や人に不満を感じた事はない。これ自体は幸せだと思うが、もし少数の考えなら今の社会はかなり危ういのかと少々不安を覚える…ゴッサムシティな日本は勘弁してほしい、まず生きていく自信は無い。
ホアキン抜きにこの映画は成立しない
もしもの話だが、バットマンなど存在せずに、ただの一人の狂人を見つめ続ける映画があったとしたら、面白いだろうか?精神に疾患を抱え、仕事に支障をきたし、家族を失い、やがて社会に牙をむいていく。
過去にそんな映画をいくつか見た気もするが、ここでは取り上げない。
何と言っても、この映画で見るべきはホアキン・フェニックスの、その狂気じみた演技だろう。おそらく、映画賞を総なめにするほどに魅力的だ。われらがダークナイトが彼と対峙したときに互角に渡り合えるか、今から心配だ。
しかし、考えてみれば不思議ではある。
ジョーカーは、いかにしてジョーカーになったか?それを一本の映画にまとめたというのに、彼は我々の前に姿を現すや否や、消え去ろうとしている。彼は今から重罪人として裁きを受け、一生刑務所を出られないはずだ。ゴッサムシティの闇の世界にどうやって君臨するのか、今のところその特殊能力はかけらも現れていない。
いわば、この映画は、我々がよく知っている人物を掘り下げ、強大な悪の道に染まっていくほんのさわりの部分だけを描いた物語に過ぎない。その描き方は巧妙で、強い刺激を伴う。
ここからは想像に過ぎないが、映画会社としてはこの映画の出来栄えに満足しているとは思えない。きっと魅力的な「敵」(この場合「正義の味方」とも言う)が登場しないゆえに、娯楽性に欠けるからだ。その、悪と正義の迫力のバトルを描き出すことに、映画本来のダイナミズムを発揮すべきであって、残念ながらこの映画にはそれがない。
独立した一つの作品としてみたら、欠陥があるとしか言えない。R指定にするまでもなく、映画館には、いい年したオッチャンのサブカル好きが押し寄せたにとどまり、若い女性の姿はかけらもない。そんな空間が居心地よかったりもするが、一部のマニアに喜ばれるカルト作品にしておくには惜しいほどに、パワフルで印象深い。
もうひとつ。蛇足に過ぎないが、興味深い現象として、ここ数年のトレンドに、『イット/それが見えたら終わり』で描かれた、ピエロあるいはクラウン恐怖症。それから、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』が挑戦した、あえて懐古主義的に今じゃない時代をふりかえる手法が、この映画でも取り上げられた。この2作と本作の類似点は非常に多い。そしてもちろん、ノーラン作品の『ダークナイト』抜きに、この映画は語れない。
ジャック・ニコルソン。ヒース・レジャー。そして、一瞬で強い印象を残したジャレッド・レト。いずれも魅力的だが、現時点でホアキンにまさるジョーカーはいない。そんなことを考えさせられた映画だった。
2019.10.7
もう観たくないけど個人的に選ぶ2019年No.1ムービー
妄想がどこから
あいつなんで拳銃なんてあげたんだろう。一番あげたらやばいやつやん!!
親子関係は、なんとか良好なのかと思ってたら…。
元同僚が家にきたところは、びっくりしすぎて震えた。躊躇なく(๑•﹏•)でした。
同じビルのあの女性の部分は、妄想。人を殺してるのはリアルってことでいいのかな。
これがバッドマンに繋がるのか?とりあえず最近のバッドマンシリーズ見てみようと思う。
好み分かれる作品
ここ数年でいちばんグッときた
心の闇
ジョークを言う人
昨年劇場で観て、改めてWOWOWにて。
この映画自体が「タチの悪いジョーク」。
時計の時間や利き手など、現実なのか妄想なのか分からず、全て信じることができない。
音楽も劇中で鑑賞されている作品も、演出として巧みで「映画」という手段を最大限に使って表現していると思う。
一方通行的なストーリーでなく、感想や意味付けは観る者に委ねる映画はやっぱり楽しい。
この映画を鑑賞後に思うことは、「悪のカリスマ誕生物語」と期待してはいけないのだなということ。悪行をしようと思っていたのではなく、積み重なりが結果として悪に走らせてしまった。そもそも「悪」も主観なので善悪の判断基準自体も曖昧ではないか。
「悪のカリスマ」ジョーカーを期待して、この作品のジョーカーがイメージと違うと言う人もいるだろうが、それも含めてこの作品はなおさら人それぞれでいいんだと思う。
明るい気持ちには決してなれないが、年に一度は観て新たな発見をしていきたい。
金持ちへの羨望を洗うカタルシス
強烈でした
衝撃的
すごかったです。
人を笑わせ、幸せな気持ちにするはずのピエロの悲しみ。
劣等感、悔しさ、そしてそれが怒りへと変わっていく過程。
2011年にウォールストリートで起きた「我々は99%だ」というデモを思い出しました。格差社会と言われ、貧富の差がますます広がり、非正規雇用でワーキングプアが増大した日本にもその運動は広がりました。
私には彼の悲しみが痛いほど伝わってきます。誰が彼を悪だと断罪できるでしょう。彼は献身的に病気の母親を世話する心優しい息子でもあります。彼にほんの少しの心のこもった言葉や愛情をかけてくれる友人や親やパートナーがいて、やりたい仕事で生活ができていたら、こんな結末にはならなかったでしょう。
さらに、白人で男性であるという米国では最も優遇されているはずだからこそ、社会の落伍者となるのは女性や有色人種よりつらいのかもしれません。
社会から見捨てられたという感覚、失うものは何もないという絶望感から無差別殺人に走る事件は、日本でも時々起こります。ギリギリのところでなんとかタガか外れないよう保っている人たちが、日本にもどれだけいるか。ジョーカーは他人事ではなく予備軍はたくさんいるのです。
単純な勧善懲悪とは一線を画すこういう映画がハリウッドで作られたことがうれしいです。
ホアキン・フェニックスの演技が圧巻でした。
そんなに良いでしょうか…
自分の周囲の人たちが「良い!」って言うので、自分も合わせて「そうですよねー」と合わせてはいるのですが、本心、そこまでかなあ、という感じです。
というのは、落とし所が、貧富の差とかありつつも、「精神障害」というのが、気に食わなかったです。
え、まだそれやってんの? という、日本で90年代終わりに流行っていたサイコスリラーものみたいな感じで、それを若干社会派にしました、という印象しか持てていないのです。
そんなよく出来た脚本かなあーと、割と脚本で見てしまう自分は、途中で、うとうとしてしまったのも事実…。(単に自分の集中力が足りなかったとも言える)
主演したホアキン・フェニックスの演技が魅力というのはすごく分かるけれど、それ取ってしまったら何も残らん映画、という感覚なのです。
でも、きっとこれからも自分は「ジョーカー良いよね」と合わせてゆくのかもしれません…。
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