「丁寧に描かれた絶望」ジョーカー サブレさんの映画レビュー(感想・評価)
丁寧に描かれた絶望
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この映画を観ていて、初めて鬼束ちひろの月光を聞いた時を思い出した。
あの頃はこの世界に誰も味方がいない気がして(実際まわりにはいなかったのだけど)、毎日がとてもつらかった。そんな時に月光を聞いて、そういう風に思う人は自分だけじゃないと知り、それだけで少し心が軽くなったのを覚えている。
アーサーにとってのそれはピエロの仮面を被ることだった。自分の起こした事件を支持し、熱狂する人々の輪に入り、自分が一人ではないことを確かめることだった。
そうでもなければ生きていられない。仕事をクビにされる、仲間からは馬鹿にされる、社会保障は打ち切られる、母親はうそつきだった、恋人は妄想だった、そして心の底から憧れた人は自分の才能のなさを嘲った…。
ひとつひとつ削ぐように消失していくアーサーの生きがい、生きる意味。才能にも恵まれず、それどころか人並みに生きることすら難しい。ただひとつ世界から望まれたのが、ピエロの仮面を被って恵まれたやつらを殺すことだった。復讐心と自尊心、その両方が一度に満たされる凶行だった。
正気を捨てた方が心地よい。失うものなど何もない。ジョーカーとなったアーサーがうらやましい。自分には支持者もいないし正気を保って得られる幸せもある。振り切れた先にあるものを一度でも観てみたかった。
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