「キング・オブ・ナッシング」ジョーカー 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
キング・オブ・ナッシング
恐ろしい映画だった。
現実的で乾いた暴力描写が恐ろしい。
主人公アーサーの狂気じみた所作が恐ろしい。
だが何よりも、アーサーの抱える
憎悪とそこから生じた暴力を、
『理不尽だ、身勝手だ、間違っている』と
否定することができないという点が最も恐ろしい。
僕はやわな人間で、憎悪から来る暴力など何の解決
にもならないと否定したい。もっと優しい道がある
はずだと信じていたい。だけど――
...
こんなにも悲しく切実な憎悪を
一体どうやって否定しろというのか。
周囲から物笑いの種にされ、
鬱憤晴らしのために殴られ、
誰も本当に庇ってはくれず、
隣で笑ってくれる人も無く、
生みの親からは棄てられ、
拾った親からは虐げられ、
誰にも求められず、誰からも愛されず、
この世に確かに生を受けたはずなのに、
誰からもその存在を認められなかった男。
笑うことで、笑い続けることで、
その地獄にずっと耐え続けてきた男。
アーサーの考えたジョークは自分の悲惨さや
鬱屈した気持ちを必死で笑い飛ばそうとする
ような重苦しいジョークばかりだった。
彼がコメディアンになりたかったのは、
自分や自分が(かつて)愛した母親と同じように、
笑うことで少しでも救われる人がいるはずだから、
それができれば自分にも存在する理由があるはず
だからと信じたかったからなのだろうか。
痩せ骨ばった肉体を捻じ曲げて舞踏する姿。
必死に自分の肉体が、この世界に
存在することを主張するかのように。
...
ずっとずっとずっと受けてきた酷い仕打ちを
安物の拳銃で遂に爆発させた彼は、そこから
いよいよタガが外れていく。
悲惨な境遇の彼が必死にすがってきた夢を、
憧れた男は茶の間のジョークとして愚弄した。
自分を“ハッピー”と呼び愛してくれていると
思っていた母は、自分の“ハッピー”にしか
興味の無かった赤の他人だった。
世界でただひとり、自分の隣で笑ってくれた
女性は、あまりに孤独な心が生んだ幻だった。
衝動的に起こした富裕層殺しが、同じ怒りを抱えた
多くの人々を焚き付けたことを知り、彼はやっと自分
が世界に存在することを是認されたと感じたんだろう。
テレビカメラの前で遂に彼は自分の笑いを見出だす。
己を物笑いの種にし続けた者達を貶め、傷付け、笑う。
それこそが、彼の見出だした至高のジョーク。
日々の貧しさ、富裕層の侮蔑、
親の暴力と無関心、世間からの疎外。
ありとあらゆる世の不公平を一身に受けた男は、
何も持たず誰もその存在すら認めなかった男は、
空っぽに真っ白な顔を道化の形に塗りたくり、
同じように世界から存在を無視し続けられた者達
にとってのイコンとなり、最後に彼らの王となった。
...
名優ホアキン・フェニックスの凄まじい演技が圧巻。
痩せさらばえた山羊のような肉体はアーサーの
境遇と存在に問答無用の説得力を与えているし、
泣き顔を無理やり笑顔に引き伸ばす冒頭や、
冷えきった目のまま放つ機械のような笑い、
引きつった苦しげな笑みが少しずつ
自然な笑みに変わっていく様が怖い。
一方で、恋人や子ども達などに時折見せる
本当に優しそうな微笑があまりにも悲しい。
彼にはもっと優しく生きる素質もあった筈なのに。
...
あらゆる不公平を暴力で笑い蹴散らす
“ジョーカー”は恐るべき怪物だが、彼は
何もない所から自然発生した怪物などでは無い。
彼を生んだのは拡がり続ける貧富の差や
社会的弱者への侮蔑と無関心に他ならない。
この映画がスクリーンに焼き付けているのは、
形有る暴力、そして形無き暴力の生む憎悪が
更に激しく渦巻く暴力の炎へと発展する様だ。
その火種を消す為に我々には何ができるのか?
“ジョーカー”のような悲しい怪物を生まない為に
我々自身にできることがもっとあるのではないか?
“良薬は口に苦し”という諺を信じるならば、
『JOKER』は脳天が吹ッ飛ぶほどに苦い劇薬だ。
<2019.10.04鑑賞>
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余談1:
レビュータイトルはメタリカの曲から
ではなく、本作が影響を受けたと監督が
語っていた『キング・オブ・コメディ』から。
デ・ニーロ主演だったりそっくりなシーンも
あったりと共通項も多い傑作なのでご鑑賞あれ。
余談2:
『バットマン』のイメージは捨てて観るべきか
と考えていたので、意外や『バットマン』との
絡みの多い展開にも驚いた。劇場裏での悲劇を
そう繋ぐとは。
けどトーマス・ウェインが侮蔑的な富裕層の
代表みたいに描かれている点は、原作ファン
からは複雑な気持ちで取られてるかもね……。
浮遊きびなごさん、お久しぶりです。カミツレです。
『バーニング』のレビューにコメントをいただいていたのに、返信が大変遅くなってしまい、まことに申し訳ないです。
山積する仕事に忙殺される日々が続き、アーサー程ではないですが、かなり追いつめられておりました……(^-^;)
あらためて今の時代、アーサーに共感できてしまう人って結構多いんじゃないかと思いました。
さて、こちらのコメント欄に書き込ませていただいたのには訳があります。
というのも、『バーニング』と『ジョーカー』って不思議と共通点が多いんじゃないかなと思ったからです。
どちらも社会的弱者である主人公が、じわじわと追いつめられていき……という話ですし、
物語が進むにつれて虚構と現実が入り混じり、両者の区別がだんだんと曖昧になってくるところも似ているなと思います。
あるいは、そのことが作品のテーマと密接に結びついているところも共通していますね。(妄想や願望は、当人にとっては単なる虚構ではなく“心的現実”になり得る。だから、両者を明確に区別することはできない。アーサーにとってそれは「ジョーク」であり、ジョンスにとっては「小説」)
この虚構と現実という問題に関して、『バーニング』の方で思いついたことがあるのですが、ネタバレを含む上、『バーニング』に限定した内容になってしまうので、自分のレビューのコメント欄の方に書かせていただこうと思います。よろしければそちらもお読みください。
追伸:共感数100件超えおめでとうございます!(*^―^*)
たくろ~。さん
浮遊きびなごと申します。
コメントありがとうございました!
>「大衆が自分に正直に生きているさまに笑っている」
それまでずうっと正直でいられなかった彼ですもんね。満足そうに笑ってましたよね、アーサー。
ちなみに“こいつ”ってのはアーサーのことですよね?
あそこまで来ると一種の教祖か何かのようになっちゃってて、殺したら殺したで神格化されちゃいそうな怖さもありますね……。
私もラスト近くの暴動に美しさを感じました。あのシーンでアーサーが笑っているのは「大衆が自分に正直に生きているさまに笑っている」と解釈しました。
でもね。奇遇にも、俺も自分に正直に生きてきたけど、こいつは殺しにいきます。#正義#HA-HA -HAHA HA-HA
【注意:コメント内に一部ネタバレ含みます】
かったねさん、
浮遊きびなごと申します。
コメントありがとうございます!
しかしながら、非常に申し上げにくいのですが……コメント内容に本編ネタバレになりそうな箇所あるので、ちょっと今後ご注意いただければと……。
ここのサイトはレビューにはネタバレ指定できるんですが、コメントにはそれができないので、特にPCブラウザ等だと不特定多数の人にコメント見られてしまう可能性があるんです。レビュー自体がネタバレ指定なので基本大丈夫だとは思うんですが……
(最近なぜか仕様が変わって、コメント削除等も行えないみたいなんですよ)
さておき、かったねさんの書かれている内容……あそこは自分も驚きましたし、同時に物凄く悲しい気持ちになりました。そうでもしないと自分の境遇に耐えられなかったんでしょうね、アーサーは。
ジョーカー本日鑑賞しました。
あの同じ建物に住んでいる女性と仲良くしているシーンは、妄想なのですね(^^;
コメント読みびっくりしました。そりゃそうですよね、。
【注意:コメント内に本編内容含みます】
カミツレさん、浮遊きびなごです。
お久しぶりです!
コメントありがとうございました!
毎度お気遣いスミマセン、こちらに
コメント返させていただきますね。
仰られる通り、価値観グラグラ揺さぶられる恐ろしい映画でしたね。
>でも、よくよく考えると、そんな感情を抱いてしまった自分にゾッとします。
そうですよね、彼があんなに暴力的で恐ろしい怪物になってしまったのに、今の世の中で受ける不平等を全部おっかぶってきた彼があれでようやく救済されたような、或いは自分の内にある怒りを彼が代弁してくれてるような……自分はそういった後ろめたいカタルシスを感じてしまいました。
どんよりした空を仰ぎながら長い階段を上がる彼が、最後は陽の光を浴びながら軽やかに階段を下っていく対比や、車窓からうっとり“花火”を眺める瞬間などは本当に美しかった。
けど彼が手にかけた人々も、いくらなんでも殺されるほどの悪人ではなく、溜まりに溜まったマグマの噴火に運悪く遭遇してしまったようなものなので、何とも救われない後味。陰惨な笑顔のジョーカーでなく、優しい笑顔のアーサーとして救われるような世の中になって欲しいもんです。
書き忘れていましたが、もしコメントに返信いただけるのであれば、私の方は久しくレビューの投稿が途絶えていますし、こちらの欄に書いちゃってくださいね。
あっ、もちろんスルーしていただいても構いませんよ(^-^;)
浮遊きびなごさん、ご無沙汰しております。カミツレです。
『ジョーカー』観てきました!……本当に恐ろしい作品でしたね。
まさか、あのジョーカーに同情し、共感さえできてしまうとは……。
【※ここからのコメントには終盤のネタバレが含まれています。未見の方はご注意ください。】
ネタバレになってしまいますが、「立ち上がれ」からの復活→謎のダンス→スマイルメイクには、否応なく昂り、感動してしまいました。
でも、よくよく考えると、そんな感情を抱いてしまった自分にゾッとします。
“最悪”が誕生してしまった瞬間であるにもかかわらず、何故ここまで美しく感動的なのでしょうか。自分の価値観が揺さぶられるようでクラクラしますね。