劇場公開日 2020年2月28日

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「達人になれるかもしれない」野性の呼び声 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0達人になれるかもしれない

2020年3月9日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

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 古武道をやっている知人から聞いた話だが、昔の武人は現代の武道家とは比べものにならない強さだったらしい。現代の剣道の日本チャンピオンクラスは町場の道場にゴロゴロいて、師範代ともなると超人的な強さだったとのことである。師範はと言えばもはや人間業とは思えない動きをしたそうだ。
 話半分としても、昔の武士は日常生活からして張り詰めていたようで「左様しからば」の話し方などを鑑みれば、いつ何時も他人に気を許さず、五感を研ぎ澄ませた油断のない生活ぶりであったことが窺える。そういう人たちは微かな音や光や匂いなどで危険を本能的に察知できたらしい。
 人から聞いた話で恐縮ではあるが、そういった話を踏まえると、情報過多で五感が鈍っている現代人は、昔の人のように直感的に状況を見抜く能力を失ってしまった気がする。野生は永遠に失われたのだ。人類は元には戻らない。いずれ情報の洪水に溺れて絶滅することになるのだろう。
 しかし動物はまだ直感を失なっていないと思う。人間に飼われているペットでも、ひとたび野に放たれれば、生き延びるために野生の本能を取り戻すだろう。そこが人間とは違う筈だ。

 本作品の主人公バックは、ジャック・ロンドンの小説のままなら、セントバーナードの混じった雑種で、温和な性格である。しかし体格が大きくて膂力に優れているから、本気を出せば大抵の犬は敵わない。バックがその本領を発揮するいくつかの場面はとてもワクワクする。そのシーンだけでも本作品を観る価値は十分にあると思う。
 犬ぞりの御者を演じたオマール・シーが凄くいい。相手の人格を重んじる、男の優しさがある。出会いと別れ。さよならだけが人生だ。
 ハリソン・フォードはアウトドアが似合う俳優だ。インディアナ・ジョーンズのシリーズやモスキート・コーストなど、印象的な作品が沢山ある。
本作品で披露した裸の上半身は喜寿にもかかわらず筋肉が程よくついて、ストイックな生活ぶりを窺わせる。ベテランのアウトドア生活者という今回の役柄はまさにぴったりで、ソーントン氏は土と森と風とともに生き、自らの五感によって行動する。そして隣り合わせの死を常に意識し続ける。ある意味で達人である。
 人類は野生で生きるには長寿になりすぎ、文明化されすぎてしまったが、余計な情報よりも自分の感性を信じて生きることが出来れば、ソーントン氏のような達人になれるかもしれない。

耶馬英彦