劇場公開日 2019年10月11日

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「美しく不穏な世界」第三夫人と髪飾り andhyphenさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0美しく不穏な世界

2019年12月26日
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鑑賞方法:映画館

スパイク・リーがその才能を絶賛したという新鋭監督・アッシュ・メイフェアの処女作。トラン・アン・ユンがアーティスティック・アドバイザーとして参加している。本国ベトナムでは4日で公開中止に追い込まれたという問題作。
タイトルどおり、裕福な地主のもとに、第三夫人として14歳で嫁いできた少女が主人公である。演じた女優が13歳だったことも、本国で批難を浴びた原因のようだ。
まさしく「息を呑むような」圧倒的な映像美と、極力排されたことば。表情で見せられる機微。
3人の夫人たちは当て付けあったり、嫉妬心をあからさまに出したり、争ったりはしない。しかし「男子を産む」という静かな、しかし明確なプレッシャーに苛まれている。男子を産まなければ「奥様」と呼ばれることはない。明確な男性優位社会。家父長制。
しかし男も女も、自分で連れ添う人を選べない。第二夫人の娘がそれを自覚しながら段々成長していくさまが哀しい。そして第一夫人の息子、この家唯一の男子の痛切な愛と叫び。
表面上はとても穏やかな日々であるのに、極めて閉鎖的な社会慣習の中で強固に縛られた生活は常に不穏だ。あまりにも美しい映画の描写自体がそもそも激しく不安を掻き立てる。美し過ぎるものは、恐ろしい。
不穏な生活は極めて複雑で歪んだ人間関係を生み、しかしそれは表面上全くないかのように日々が続く。しかし、そこを堪えられなかった青年と、「何もされない」を恥辱とされた少女が終盤で激しい波を立てる。
当たり前のようにその社会に染まった「第三夫人」の少女も、第一夫人の妊娠に動揺し「男の子を産みたい」と祈り、そしてその結末に慄く。彼女は社会に染まっても大人にはなれない。
最後に少女が手に取ったものの意味は、絶望だろうか、解放への祈りなのだろうか。
最後の最後はほんの少しの希望、だと思いたい。
景勝地、チャンアンで長期間に渡り行われた撮影の中で、その自然を映画の物語に取り込んでいったという監督。水、草、蚕、蝶。意味深に映される自然が語る、美しいけれど過酷な世界。型に嵌められた世界。そして監督の曾祖母の話を基にした物語は、決してフィクションではなく、1世紀少し前にはこのような時代が当たり前にあったことを示す。私たちが得てきたものは、極近年のさまざまな先人の努力が生んだのだ、と思う。そういう意味で、曾祖母の物語を残しておきたかった監督の意図が分かるような気がする。

andhyphen