「LBGTよりも気になってしまったある種の人達の振る舞い」ある少年の告白 琥珀さんの映画レビュー(感想・評価)
LBGTよりも気になってしまったある種の人達の振る舞い
たぶん多くの日本人にとって、この種の矯正(強制⁈)施設があること自体が尋常なこととは思えないのではないだろうか。
そもそもビジネスとして成り立っていることが理解出来ない。信心深い篤志家の寄付だったり、そのような人が経営する会社が資金の出し手となっているのか。
宗教上の懲罰や魔女狩りの名の下に、美術絵画の世界にも描かれているような拷問道具(ギロチンは即死出来るので、かなり人道的らしい)をあれほども生み出してきたキリスト教文化の負の側面が今も形を変えて色濃く残っているということなのか。血こそ流れていないが、宗旨替えを迫る拷問と実質は変わらないのではないか。
自分たちが宗教上の正統だと思い込んでいる人たちにとって受け入れがたいことは、悪魔の仕業(しわざ)なのでどんな方法であろうと矯正しなければならないことになる。
悪魔を追い出すことが目的である、そのような背景を持つ人には〝人権〟や〝人権に基づく個人の尊厳〟という概念も存在しないから、あのような振る舞いができるのかもしれない。
いきなり〝悪魔〟などというと唐突感があると思いますが、昨年来公開されたリグレッション、ヘレディタリー継承、サスペリアなどを見てると、割りと自然に浮かんできてしまいました。
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