「『存在の意義や二つの世界を整合させる意味等、詰めが甘い』」アス 瀬雨伊府 琴さんの映画レビュー(感想・評価)
『存在の意義や二つの世界を整合させる意味等、詰めが甘い』
自宅にて鑑賞。幸せな一家が突如、不条理な状況に巻き込まれるサバイバル・スリラー。監督にとって前作『ゲット・アウト('17)』に次ぐ第二作目で、搾取される者と恩恵を蒙る者と云う二元論を描く共通点が見られる。重要なガジェットとして再三、言及され、登場する兎に地下の世界はL.キャロルを連想させる。一種のパラレルワールドの様な多重構造(世界観)ではあるが、地下がシンクロする必然性、更にはそれぞれの世界の利害関係やそもそも地下の存在意義等、細部・背景等の設定が粗く、疑問が残った。それでも充分の満足点で監督の今後にも注目したい。75/100点。
・大きなネタバレとしてL.ニョンゴ演じる“アデレード・"アディ"・ウィルソン”は浜辺の遣り取りで告白する様に人と話すのが苦手であり、反して“レッド”のみが喋れるのはオチへの伏線であろう。彼女の白いサマードレスが、進行と共に血に塗れ、徐々に赤く染まって行くのも、明かされる正体に近附く過程を暗示している様で興味深い。亦、前半で何度か登場するドアに挟まる救急車のミニカーもラストシーンを髣髴させる。
・赤い服に右手のみの革製手袋と鋭利なハサミと云う出で立ちの不気味なテザード(ドッペルゲンガー)達──ラストでは、ご丁寧にも赤字でクレジットされている。亦、K.ヘイワードが演じたのは“ナンシー(赤字は“シド”)”であり、これは云う迄もなく、'86年に『シド・アンド・ナンシー』として映画化された有名なカップル、N.スパンゲンと"セックス・ピストルズ"のベーシスト、S.ヴィシャスであろう。
・途中、何度も象徴的に登場する"1111"と云う四桁の数字であるが、恐らく旧約聖書の『エレミヤ書』第11章11節「それ故、主はこう云われる、見よ、私は災いを彼らの上に下す。彼らはそれを免れる事は出来無い。彼らが私を呼んでも、私は聴かない。」と云う一節を指すのであろう。
・主人公一家が助けを求め迷い込む“タイラー”家の電子デバイスは“オフィーリア”と呼ばれている。W.シェイクスピアの『ハムレット』の登場人物として聴き憶えがあるが、そもそも"ophéleia"とはギリシャ語で「助け」を意味する。
・物語のきっかけであり、何度か登場するビーチに在るファンハウス(ミラーハウス)内、問題の鏡の間の側面に監督の前作のタイトル"Get Out"と云う文字が見られた。このファンハウス内でのナレーターとして、監督自身が(声のみではあるが)カメオ出演している。
・監督は世界観を共有する為、キャスト陣に『鳥('63)』、『ジョーズ('75)』、『シャイニング('80)』、『愛と死の間(あいだ)で('91)』、『ファニーゲーム('97)』、『シックス・センス('99)』、『箪笥<たんす>('03)』、『マーターズ('07)』、『ぼくのエリ 200歳の少女('08)』、『ババドック ~暗闇の魔物~('14)』、『イット・フォローズ('14)』と云う11本を鑑賞しておくように命じた。監督自身は先述の11本に加え、『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド/ゾンビの誕生('68)』、『ハロウィン('78)』とW.B.ギブスンが『鏡像』のタイトルでノベライズ化もしたTVドラマ『ミステリーゾーン』内の一エピソード『めぐりあい('60・原題:"Mirror Image")』の三本を本作に直接影響を与えたとして挙げている。
・全米オープニング興行収入において、約7,100万ドルを記録したとされ、これはホラー映画として過去最高額であり、実写映画としても『アバター('09)』の約7,700万ドルに次ぐ堂々の歴代二位となった。ちなみに劇場へは"Deep Cuts"と云う仮題で出荷されたらしい。