「音声を止めて観る。映像作品として観る。」人間失格 太宰治と3人の女たち きりんさんの映画レビュー(感想・評価)
音声を止めて観る。映像作品として観る。
DVDで鑑賞。
以前の「ヘルタースケルター」は中途でリタイヤしてDVDを返した。
今回は、ほぼ冒頭からヘッドホンを外してその映像美と画面の精緻に食い入る。
蜷川実花という監督は、文学はおろか登場人物の台詞や動きに至るまで「写真のBGM としてバックに流す」=あくまでも写真家としての仕事を貫いていることに、気がついたからだ。
台詞をとことん軽視して役者には(特に小栗旬には)大根に徹させる ― それゆえ映像が主役として浮かび上がる手法だ。
蜷川は大成功している。
つまりだ、蜷川は、文学ではなく工芸作家として、スクリーンの景色を切り取っているのだ。
文学としての太宰像に期待して、失望のあまり憤怒の投稿をなさる諸氏よ、
無声動画として新しく本作に出会ってみられては如何か。
新しき芸術に耐えうる己であったか否か。デカダンは先方か当方なのか。
それを我が身に試す、これは貴重な邂逅と謂える。
きりんさんへ
コメント、有難うございました!
蜷川実花さんの事なので、「太宰を今の若い人に」って言う意図よりも、「純粋な自己表現」と言う色が濃いと思います。常に「蜷川ワールドへようこそ!」な人なのでw
きりんさん おはようございます。
”プロデュース力凄いです!
・藤原竜也の坂口安吾「堕落のススメ」
・高良健吾の三島由紀夫「楯の会の告白」
前売り券買います(本気)。”
ありがとうございます。
いやあ、私も早く”上映”させたいのですが、covid 19 の状況を鑑み、公開予定の見込みなしなのです・・。
朝から、すいません・・。
中学で「走れメロス」の感想文を2つ提出したのを思い出したなぁ。
「感動」を1通。
「こき下ろし」を1通。
太宰、すでに初期作からして、悪政を働く王をナアナアで許してしまうあの大団円とかあり得なくて。
登場する市民たち、メロス、恋人、セリヌンティウスら=つまり作者太宰治という人間性の現れの決着の汚さ、曖昧さ、だらしの無さに、中坊の僕は我慢がならなかったから。
何故 王を倒さない?革命は無しか?と。
で、今は?僕は太宰を包み込んでる感じ。(笑)