Fukushima 50のレビュー・感想・評価
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知識がないとやや難しいか
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東日本大震災が起こり、想定外の津波が福島原発を襲った。
そして芯棒が空焚き状態になり、メルトダウン濃厚だった。
しかも水素が発生して原子炉の圧力が高まっており、爆発の危機。
予備電源も津波にやられてたので、決死隊を募って懐中電灯で原子炉へ。
高い放射能を浴びながら、手動でガス抜き成功した。
しかし別の原子炉で爆発が起こるなど、次々と問題が起こる。
東電の本店の連中は安全な場所から無茶な指示をして来るばかり。
さらに多忙な中、バカな首相が来るわ、余計な注文して来るわ、マジウザ。
所長の吉田はそういうのに忙殺され、上の連中にもキレまくり。
しかも現場を知らない者たちからのアホ指示は密かに守ってなかった。
やがて全ての手は尽くし切り、若手は避難させることとなった。
あとは見守るしか出来なかったようだが、運よく原子炉が安定した。
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誰もが知る実際に起きた事件をベースにした話だが、
細かいことまで覚えてないから、よう分からんことが多かったな。
全編を通じて問題が起きては何とか対応、すると次の問題が・・・のパターン。
だから最後、原子炉が安定した時も、それがクライマックスとは思わんかった。
突然佐藤浩市が家族のもとに帰るもんやから、何で急に?って思ったもんな。
その次のシーンで2年くらい経って、あああれで解決してたのねって感じ。
どこまで史実に忠実なのかは分からないが、
あんな恐ろしい状況の中、必死で戦った東電の社員達に敬意を表したい。
命をかけた人たちがいたことを、忘れてはならない
総理が視察に来てどうするんだ!!!!
今来てもどう考えても邪魔だろ!!
どう考えても今じゃないだろ!!!!!
総理がいるからベントできないってわかるだろ!!!
見れてよかった。
北海道民、大きな被害もなく遠い場所での出来事だと思っていた。
こんなにも厳しい中、日本を守っていた最前線の人たちがいたことを知らず恥ずかしい。
たった2年で亡くなってしまうなんて。
たった数日で血尿が出るほどの被害を受けるなんて。
吉田所長の言葉にもあるように、人間は自然を操れていたかと思っていた、40年間津波が来ないと思っていた、慢心だと。
後世に伝えるのがその場にいた人の定め。
映画を見てようやく被害の大きさ、津波や放射能の怖さを知れた。
このような作品を作ってくれてありがたいです。
見れてよかった。
アメリカ軍のトモダチ作戦があまりにも、不動産のことなら連合体〜♪を思い出しわろてしまた。
あー泣けた。
21.3.12TV
未曽有の危機に命をかけて立ち向かった人々の物語
あの日から「3月11日」「福島」には我々日本人にとって特別な意味を持つ言葉になったと思う。
「東日本大震災」―――あえて説明する必要もない未曽有の大災害。その大災害の中、福島第一原発で何があったかを映像化した作品。
先に申し上げておくと、「原子力の危険性」「事故の対応」等をここで論じるつもりはない。ただ、どこまで事実なのかは分からないが、多くの人間の生命や人生を脅かす脅威に立ち向かった、東電(作中では確か「東都電力」)の現場の方々の決死の対応は、もっと多くの人が知り、称賛されるべきであろうと思う。
佐藤浩一、渡辺謙をはじめとする、各俳優の演技は素晴らしかったし、何も知らない私のような人間に原発事故の危険性・恐怖を十分に納得させるような「リアル感」も作品から伝わってきた。
少し気になった点としては、現場の人間は事故に「命をかけて対応」と好印象を与える形で描かれていたが、一方政府側や本社側の人間が一言で言って「無能」と描かれている点は賛否両論あるだろうな、と感じた(名前こそでてこないが、誰がみてもこの人は当時の首相や幹事長等と分かるような感じだったので)。
震災から12年が過ぎ復興が進む東北。かつての大戦と同じく記憶が風化されていく中で、ネガティブな意味ではなく、こういった記録を改めて見返すのは大事なことではないかと考える。是非多くの方に見ていただきたい作品であった。
本事故で唯一美談化できる部分の作品
レビュータイトル通りです。
事故発生当時、死を覚悟して作業にあたった方々は本当に素晴らしい。
然しながら、最後の方であった「自然を支配したつもりでいた人類の傲慢であった」というメッセージがありすが、自然ではなく原発の支配の間違いではないでしょうか?全ての原因は天災のせいだと言っているようにしか聞こえませんでした。2020年公開ですが、現在進行中の、デブリ取り出し作業や汚染水の海洋放出の問題、後の調査で分かった事など触れられておらず、原発問題に興味が無く日常生活に特に影響のない若い国民が見たら、深刻な事故が収束したかのような印象を与えかねませんし、原子力に興味を持つ方も少ないでしょう。現時点で発するこの映画のメッセージは、いくらなんでも酷いのではないでしょうか?
ここから書く事は映画レビューではないので、読みとばしてもらっても結構です。私は専門家ではありませんし、得た知識も原発事故関連の書籍や専門家の動画など、ネット上で得た知識ですので、間違いがあるかもしれません、ご了承下さい。よかったらご指摘等下さい。色々話が分散し、長文になってしまいました^^;
私個人は、原発は日本では必要だと思います。エネルギー資源の少ない日本では、過去それが原因で第二次世界大戦を起こす引き金になった経緯もあります。なので、原発稼働に伴う放射性廃棄物の処理方法などの研究にもっと注力するべきであると思います。もしくはヒトが放射能性物質に耐えられる抗薬の発明など、、急性被爆のようなDNA自体を破壊する中性子などの対策は無理だとおもいますが。
原発は核分裂反応を利用していますが、核分裂の根幹である特殊相対性理論を提唱したアインシュタインは、ナチスドイツのユダヤ人へのホロコーストが本格化する前に米国へ亡命し、ヒトラーがいずれこの核分裂を利用した兵器を考え作成し使用するのではないかと危惧し、原爆兵器の作成を早期に米国が行なうような内容を、直接的にではないでしょうが含むようなニュアンスで、時の米国大統領に進言し、その結末は皮肉にも広島と長崎に投下される結果に繋がったと聞いています。相対性理論及びそれに含まれる、わずかな質量が莫大なエネルギーに変換できる発見は、人類史最大の発明だと思いますが、問題は原発のような平和利用に用いられるか、核兵器のような軍事目的の利用に用いられるかであり、要は後述の選択に利用される事は明確です。
地球滅亡が、温暖化か核兵器使用か巨大隕石の衝突か、もっと他の要因か判りませんが、そう長く後の話だとは思いませし、ある分野の科学的発展は倫理的な問題で控えられていると表向きにはなっていますが、科学者の知的探求への欲求は、まず贖う事は不可能なのだと思います。人間の倫理的な問題が、もっと悪くならない事を願うばかりです。
見てよかった
全体的に見やすい映画だった。3時間あっても足りない要素を端的にまとめていたと思う。また予算の制限を感じつつも良い出来だと思った。白組を中心としたCGVFXも自然で良かった。
これを見た人はきっと当時のことを思い出すことだろうと思う。ニュースで散々見た内容はどこかリアリティがなかったが、この映画によって当時の記憶と相まってよりリアルに感じることができた気がした。
おいおい、こんなところに決死隊って誰も行きたくないだろ!!って普通に思ったし、職員の当時の対応に頭が下がる思いで見ていた。
昨今では、経済活動を維持するため「原発」しか電力不足の解決策はないという所まで来ている。日本は何かと「核」と縁がある。非核三原則までして、核から離れたいのに離れられない。核を抱いてゲームやインターネットに興じないと行けない時代である。
学校の道徳の時間などに見たい映画だと思った。
真実味のあるストーリー
未曾有の災害に襲われた時の政府の対応や、命令系統の混乱、各々が各個人の保身に走る様子がリアル過ぎて現実溢れる人間関係と現場で働く人間の責任感とプライドには涙無しでは見られない作品です。
良い映画になったはずの素材、物語・構成の貧弱さにガッカリし落ち込んでしまった
若松節朗監督による2020年製作の日本映画。
配給:松竹、KADOKAWA。
原作は未読だが、出演俳優は一流どころだけに、相当にガッカリさせられた。
3.11の原爆事故、あれが起きた原因、その事実を捻じ曲げるために作られた映画なのかとも疑ってしまった。
まず、首相の描かれ方がアンフェアで、まるで首相のせいで事故が起きた、もしくは悪化したかの如き描かれ方であった。当たり前であるが、事故自体が起きたのは原発行政および東京電力の長年の安全性軽視に起因し、当時の首相は全く関係ない。映画でも少し描写されているが、事故が起きた時の東電本社首脳の無責任・無能ぶりを知れば、首相が現場責任者に会いに行ったり、東電本部に乗り込むことは、良く理解できるところ。原作に起因するのかも知れないが、原発行政の責任を守るためなのか、意図的に首相を悪く描いている様に思えた。
何よりも、原発事故の原因を俺たちはいつか驕り自然を舐めていたと、安易に総括しているのが、情けない。非常電源さえ、水が来ない様な高い位置に置いていたら、電源喪失は防げていた訳で、本質的には確率が低いが重要な危機に念のために備える精神さえあれば、防げた事故に思える。これだけの大災害を起こして、あの集約では、未来のための教訓に全くなっていない。多くのお金と時間をかけて作った映画なのにと、本当に情けなく思ってしまった。
現場の人間が献身的に命がけで頑張ったことは、事実だとは思う。だけど、どうして、主人公による娘の結婚反対のエピソードを、物語の中心にぶち込んでくるのだ。日本映画の本当に悪い癖により、稀有の物語性を薄めてしまっていた。純粋な職業人・技術者としての責任感、プライド、使命感、仲間意識、リーダーシップ、そういった部分だけで物語を構成して欲しかった。ドラマチックな展開の事実と世界でもまれにみるような献身的な50人の物語だけに。
報道等で見聞きしてた吉田昌郎所長、随分と魅力的なリーダーに思えた。渡辺謙演ずる所長も良い味は出していたが、もっと突っ込んだ脚本によるリーダー像を是非とも見たかった。とても残念であった。
原作門田隆将、脚本前川洋一、製作代表角川歴彦、エグゼクティブプロデューサー井上伸一郎、製作堀内大示、大角正、布施信夫、井戸義郎、丸山伸一、安部順一、五阿弥宏安、飯塚浩彦、柴田建哉、岡畠鉄也、五十嵐淳之。
企画水上繁雄、企画プロデュース椿宜和、プロデューサー二宮直彦、撮影江原祥二、照明杉本崇、録音鶴巻仁、美術瀬下幸治、衣装加藤哲也、へアメイク齋藤恵理子、サウンドデザイナー柴崎憲治、編集廣志良、音楽岩代太郎。
演奏五嶋龍、長谷川陽子、東京フィルハーモニー交響楽団、特撮三池敏夫。
VFX監督三池敏夫、スクリプター幸縁栄子、キャスティング椛澤節子、技術指導平野勝昭
ラインプロデューサー梶川信幸、音楽プロデューサー小野寺重之。
佐藤浩市(伊崎利夫)、渡辺謙(吉田昌郎)、吉岡秀隆(前田拓実)、安田成美(浅野真理)、緒形直人(野尻庄一)、火野正平(大森久夫)、平田満(平山茂)、萩原聖人(井川和夫)、吉岡里帆(伊崎遥香)、斎藤工(滝沢大)、富田靖子(伊崎智子)、佐野史郎(内閣総理大臣)、堀部圭亮(加納勝次)、小倉久寛(矢野浩太)、石井正則(工藤康明)、和田正人(本田彬)、三浦誠己(内藤慎二)、金井勇太、増田修一朗、堀井新太。
これはみんな見ないと。
面白いかと言われるとそうではないんやけど、見てよかった。
原発関係者の方々がこんなに頑張ってくださっていたんですね。
浅はかだけど、防災しようと思った。
人に勧めたい映画。
ストーリー 85点
配役 80点
音楽・映像 95点
全体 85点
福島原発事故
原発事故のほんの一部分だと思うけれど、観て緊迫感迫ってきてあの時の気持ちを思い出しました。地震でもうあんな思いはしたくない。被災している人がいるのに近寄れない原発事故は二度とゴメンですね。
現場の緊迫感
迷走する政府、現場に指示するだけの本社、デフォルメするとこうなってしまうのはやむを得なかったかもしれない。ただ、現場は死を覚悟した緊迫感、地域や住民を守るために人柱になる覚悟のメンバーにただただ敬服。その責任感と意志の強さと、「若い者は帰れ」という年長者の労わりと後を託す想い。周りのブレに動揺せず、変わらない彼らに感動しない者はいないのではないかな。
アメリカ軍や領事館のシーンが多いけど、これは当時の民主党政権とアメリカとの関係がぎくしゃくしていた影響か? どこの政権でも変わらんかったと思うが、自民党であればアメリカとのパイプはもう少し太かったかもしれないということなのかなあ。
何よりも絶対に安全制御できる原子力利用であってほしい。想定外という言い逃れがは許されず、事故は未来永劫負の遺産になる、との思いを強くした。爆発に至らなかった原因は解明されていない、というナレーションに底知れぬ恐怖を感じるのは自分だけだろうか?
実際に起きた
東日本で津波によって大きな被害を受けた。
その一つに福島の原発があります!
ニュースでは、事故の現場や爆発の瞬間などが放送されていて自分が知ってるいる事と言えばそのくらいになってしまう。だけど、実際の現場で色んな事が起きている事をこの映画の中で分かりました。
福島の原発が今では、無くして欲しいと声が上がっている。だけど、事故が起きるまではそれによって色んな恩恵も受けいていたのにと思う反面、この映画を観てからだと色んな事を考えてしまう。
事故によって自然の脅威がどれほどのものか痛感するのと同時に原発で戦ってくれた人達に感謝したいと思いました。
自らの命のと引き換えに原発で起きている事をなんとか食い止めようとしてくれていたから。
それがなければ、今頃日本は、原子力によって汚染されて壊滅状態になっていたのかもしれない。
誰が悪いとか責任を問う前に実際の現場で起きている事に目を向けてみろ!
この映画でそんなメッセージを感じました。
あれから、10年が経っていますが、未だに忘れてはならない出来事だと思います。
この映画が伝えたいのは、そんな出来事の裏で活躍した人々にスポットを当てたいい映画だというよりも、
「忘れてはならない」それだけかもしれない。
もっとたくさんの人に観てほしい映画
私はずっと、電力会社の人は現場からの避難を優先し、政府がそれを止めた。と思ってました。
現場のみんなは逃げることにしか、頭になかった。そんな風に思ってました。
電源を失い、全て手動且つ、現場にいって作業をしなければならない。
そんな恐怖と絶望の中で、命をかけて、現場に残ったこの人たちを知らなかった。
多くのしがらみや、政治的な圧力の中でも、リーダーシップをとった人たちを知らなかった。
ニュースや、マスコミの情報に騙されていた。正しく理解してなかった。
この映画も、人が作ったものである以上、穿った描写や敢えて悪く表現しているところもあるのは否定できない。
ですが、多くの人に、これを観てほしい。
彼らが伝えたかったこと、残したかったことを少しでも多くの人に感じてほしい。Fukushima 50 という言葉を覚えてほしい。
そう思いました。
福島第一原発所長の苦悩
見ようと思いつつ、見れなかったもの。今回テレビ放映があったので、物語途中から見る。
[個人的なメモ]
若松節朗監督(1949-)2021年3月現在71歳。映画「沈まぬ太陽」の監督。現在の日本や世界が抱えている原発の安全性について問いかけをしている。この映画で泣かせられた人も多いし、私自身も一度は主人公の言動に感銘を受けたが、本題は、日本は日本人は今後の原発問題をどう解決してゆくかということだと思う。
史実を元にしたフィクション。
ドキュメンタリー原作を下敷きにし、自衛隊、在日米軍の協力が得られているという。ただし政治家の描き方には歪みがある。実際の当時の菅直人首相と故吉田所長は東工大の先輩後輩の関係で、事故の後お互いに理解しあっていると聞く。映画では、ヒステリックにやり過ぎている。結果的に二人とも国を守って倒れた戦友である。この部分は要注意。
登場人物は、実名をそのまま役名に使用している人物もいるが、フィクションの人物もいる。脚本は前川洋一。演出も編集もキャストも素晴らしいので話を信じてしまうが、わずか二時間ですべてを語れないことには注意しなければならない。省略された部分はかなり多いだろう。
震災時の原子力発電所の数日間。
キャストがこれまた豪華である。滅多に見れない共演。渡辺謙、佐藤浩市、吉岡秀隆、緒方直人、萩原聖人、平田満、金山一彦、斎藤工、田口トモロヲ、佐野史郎、篠井英介、小野了、火野正平、ダンカン、泉谷しげる、段田安則、皆川猿時、安田成美、吉岡里帆、富田靖子…
「オレたちはなにをまちがったのか」との問いに対して「自然を甘く見過ぎていた」と返す。
震災、そして大津波が原発事故を引き起こしたのは事実だ。
設計時、あるいは稼働開始してからの安全対策を疎かにはしていなかったかと問われれば、一部専門家からの意見を時には疎かにしていたかもしれない。
東電幹部とその利害関係者は、そのもうけを安全対策に対して有効に使っていなかった。あるいは、本来やるべき安全対策が有効に機能していなかった。
そして事故の結果、燃料デブリ処分の問題が今後数百年に渡って引き継がれてゆくことになる。しかし、
これは、事故が起きなかったとしてもすでに何十年も前から存在していた問題なのだ。事故でその原発という仕組みに対して人類一丸で立ち向かってゆかねばならないことが明らかになっただけだ。
キヨシローは正しかった。けれど、彼が声を上げた時はすでに遅すぎた気もする。
唯一の被爆国として、原子力技術を完全に安全な管理下におかなければならないが、必要な電源、水源、管理者、技術者がつねに理想通りに動けるかわからないということが大震災で明らかになった。
震災10年で、けして風化させてはいけないもの、日本人の一人一人がずっと肝に銘じておかねばならないことが、福島第一原発の問題である。
最悪のシナリオ
まず、この映画をどう見たのかお話します。
私はこの映画をエンタメ、ドキュメンタリー、ディザスターとして観ました。
震災後の原発事故を題材にした映画なので、もっとシリアスなドキュメンタリーだと思っていましたが、予想を裏切るエンタメ映画になっていたので純粋にドキドキハラハラしながら観れました。
一方で事実をベースにして作られていたので、10年前のあの事故を思い出しながら、ドキュメンタリーとして観ました。それまで語られなかった原発事故の内情や現場職員の奮闘が描かれており、当時の様子を再認識したドキュメンタリーでした。
そして、この映画は自然災害による原発事故という、いわゆるディザスター映画のようにも見えてしまったのは正直な感想です。
しかし、この事故の本当の原因は、東電幹部達の危機管理能力の欠如が招いた人災であった。
映画ではFukushima50と呼ばれた英雄達のストーリーが涙を誘いましたが、この映画が伝えているメッセージは自然の恐怖と自然を甘くみた人間の愚かさです。
結果的にこの事故による被爆被害はチェルノブイリ事故の1/4で済みましたが、2号機の格納容器が破壊され核燃料が全て出てしまう、いわゆる「最悪のシナリオ」と呼ばれる原子炉の圧力破壊が起きていたら放射性物質が全部出てしまい、東日本は壊滅していたでしょう。
このような恐怖感は同じ頃、総理官邸や吉田所長も共有していた訳ですが、当時の日本人はこの事実を伏せられていたので、その実態を把握しきれていませんでした。
それから10年経った今でも、なぜ2号機が決定的に壊れなかったのかは、十分解明されていないままです。
当時、菅直人総理大臣は、最悪の場合に何が起きるか具体的なイメージをつかむため、3月22日、近藤駿介原子力委員長に「最悪シナリオ」の作成を要請した。3日後の25日、『福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描』と題する資料が細野首相補佐官に提出され菅総理に報告された。この資料は閲覧後回収されて存在自体が秘密に伏されたが、2012年2月初めに、内閣府の情報開示で公開された。
この資料で示されたシナリオでは、1号機で再び水素爆発が発生した場合、放射線量上昇により作業員が全面撤退を余儀なくされ、他の号機への注水も止まり、4号機の使用済み燃料プールの燃料損傷が発生、使用済み燃料プールでコアコンクリート相互作用(溶融燃料コンクリート相互作用、MCCI)が発生する。この場合、4号機の使用済み燃料プールからの放射性物質の放出量が最も多く、避難規模を大きく左右することになる。その結果、チェルノブイリ事故で適用された基準を当てはめると、170 km圏で強制移住、東京を含む250 km圏で避難を求めることが必要になることが示されている。
菅直人も2013年11月8日、ハフィントン・ポストにて、最悪の場合、東京を始め首都圏を含む5000万人の避難が必要となる可能性があったと述べた。
このような世界史上、類を見ない大事故が起きていた事がリアルに描かれた映画であり、最悪のシナリオを奇跡的に回避したドキュメンタリーです。
映画の完成度は高く日本映画としては楽しめましたが、再三の指摘がありながら福島第一原発の脆弱性を無視し続けた、東電幹部の危機管理能力の低さが招いた人災であったという事を改めて強く認識しました。
原子力エネルギーに頼った我国は、今もそのリスクが残り続けており、自然再生エネルギーへの転換の中でジレンマとして抱え続けている。
制御仕切れない原子力という、いわば神の力と人間の欲望が対立するのか共存するのか、日本の未来はその答えをまだ見出していない。
この教訓を日本はどう活かしていくのだろうか。。。
残念な事に安倍政権から菅政権になってからも、杜撰な危機管理は変わっていない。
東電の廃炉計画もだんだんと緩んできて、原発事故の恐怖と危険性を本当に理解していたのは当時の吉田所長と現場で悪戦苦闘していた作業員たち位であり、遠く東京の空のもとで身の安全を保障されていた政治家・官僚・東電幹部はそのリアルを理解していない。
それは10年たった現在でも大きく変わらず、デブリの最終処理や汚染物質の処理方法も決められない連中が、早くも原発の経済性やCO2排出対策で原発の復活を臆面もなく言い出す始末。
再び同じような事故が起きてもおかしくない。
危機管理とは・・
未曽有の原子力事故に携わった現場の方々の必死の努力には頭が下がるが格納容器破損の最悪の事態を人為的に防げたのは1、3号機のベントまでである。
そもそも緊急事態マニュアルにもSBO(全電源喪失)は想定されておらず非常用冷却のイソコン作動時の排気口の蒸気確認すら全員が未経験、電源車が来ても電圧が合わず使えない、消防車による注水も配管の把握ができておらず炉心に水が届かなかったという失態。
2号機はベントできず、圧力低下は容器の蓋のボルトがたまたま緩んだことによる漏れと見られている、ただ容器から直接放射性物質が漏れた為ベントとは桁違いの汚染をもたらすことになった。次のクライシスは4号機の使用済み燃料プールの大量の燃料の熱崩壊だが、すぐに露出しなかったのは建屋の水素爆発で貯水ピット、原子炉ウェルとプールの仕切りが割れてプールに水が流れた為であるが炉内の隔壁交換工事が遅れていたため原子炉ウェルの水抜きをしていなかったという偶然に救われた。むしろ建屋が損壊したことで外部からの注水ができ最悪の事態を免れた。確かに自然災害が主因だが対応の不備は人災なのである。
先月の福島の地震では肝を冷やした、幸い損傷は無かったようだが地震計の故障の放置などのニュースを聞くと疑心暗鬼に苛まされる。未だ廃炉までの道筋すら見えないのが現実だ。これだけの災害大国でありながら危機管理の意識、能力に欠けている日本人の資質、風潮は何なのだろう。
あの未曽有の事故を風化させないための映画化の功績は買うし現実的に想定が不備だった中で精一杯の努力を尽くした現場の人々に敬意と謝意を払う気持ちは変わらないが内容がややドラマチックに寄せられ感動物語風に作られてしまう映画人のメンタリティには背筋に寒いものを感じざるをえない。個人的には亡き大杉漣さんが吉田所長を演じたNHKスペシャルの再現ドラマの方が事象に正確で学ぶべきことも多く印象深かった。
総理の悪役っぷり最高
総理大臣をここまで悪く書いてる映画はないだろうなあ笑笑 そしてみんな総理を悪く言う。観てて笑ってしまうくらい。
映画としては山場がちょっと足りないかなと。オープニングから津波シーンがあり、そっから面白いがずっと同じペース。
日本の俳優で1番好きな吉岡秀隆が抜群の演技を見してくれてるので星0.5追加笑
震災10年…
あれからそんなに経つのだろうか。余震が続き、スマホの耳を劈く警報、物資不足、公共CM、異常な事態だった。連日、福島原発が報道され、流言飛語も飛び交った。映画にもあったが、近づけないために、報道される際の原発建物の引きの画が印象深い。何でこんなに対応が遅いのか?、予期していなかったのか?東電や政府は何をやっているんだ?などと思っていた。しかし、この映画はその建物で命懸けで働く人々をうまく描いている。必死の思いで働く部下を守る現場と東電本社、政府のジレンマが物凄く伝わってきた。渡辺謙、佐藤浩市は好演。あの人達がいなかったら、もっと違う事態になっていたかも知れないと思える映画だった。
なぜあの時、格納容器が爆発しなかったのか
映画「Fukushima 50」(若松節朗監督)から。
2011年3月11日の原発事故を題材にした映画、
ただそれだけならわかるが、冒頭から気になるクレジット、
「事実にもとづく物語」。
10年前の事故だけに、私たちの記憶もまだ鮮明であり、
このフレーズは「ドキュメントタリー映画」と錯覚させる。
それは、とても危険なことしではないだろうか、と観終わった。
当時政権を握っていたのは民主党、内閣は菅直人内閣。
官邸の判断の甘さ、東電本店からの威圧的な現場への指示。
そして、一番がっかりさせてのは、誰も「菅総理」に、
あなたの判断、行動が事態を刻々と悪化させています、と
はっきり言えない、言わないことだった。
これって、現在の立憲民主党は調整力なし、が表現されている、
そんな印象さえ与えかねないギリギリの作品だった。
しかし、この原発事故を思い出しながら、一番驚いたことは、
ラストシーン、吉田所長の葬儀で読まれた弔辞の一説、
「なぁ、なぜあの時、格納容器が爆発しなかったのか、
いまだにわかってないんだ」
私は、物語の核となる現場の方々、言い換えれば
未曾有の事態を防ごうと現場に留まり奮闘し続けた人々の
努力の甲斐あって、最悪の状況を切り抜けられた、
そう思っていたから、唖然とした。
本当に「格納容器が爆発」していたとしたら、
今、どんな世界が待っていたのだろうか。
改めて、神様、仏様に感謝したい。
よく映画化してくれた
炉心爆発までまさに紙一重、危機一髪だった。身命を賭して東日本を救ってくれた吉田所長はじめ現場関係者並びに自衛隊、米軍に感謝の極みである。一方、メルトダウンをなかなか認めようとしなかった東電本社&政府を映して欲しかった。日本国民全員が目を逸らさずしっかりと見るべき映画である。
原発は制御可能と驕っていた結果がこれである。高校生の時に少し囓ったが、やはり原発の何と危ういことか。しかも流浪の孫請け労働者の犠牲の上に成り立つ。それでも原発推進する人は必見である。
賛否両論あると思うが、後世に語り継ぐべき作品
・極限状態のなか決死の覚悟で対応されたFukushima 50 の方々に感謝・感激気持ちでいっぱいです。
・2号機の爆発防げたのは、たまたまだったって事実は衝撃を受けた。
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