「リアルに徹した見事な映画」Fukushima 50 アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)
リアルに徹した見事な映画
原作は門田隆将の「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発」で、映画の脚本をノベライズしたものも出版されている。門田氏の原作は、3.11 の大震災後に何百冊出されたか分からないほどの原発関連本の中で、紛れもなく歴史に残るであろう数少ない名著である。著者が取材に綿密に取り組み、吉田所長をはじめ夥しい人物の証言を得て書かれており、事実の正確さと読みやすさにおいて非常に卓越している。この映画はこの原作に非常に忠実に作られている。
私は福一には行ったことがないが、福二には建設中に見に行ったことがある。今から 40 年ほど前のことで、出張の書類に目的を「見学」と書いたら「視察」と訂正するように求められて、国立大学の教員というのは偉そうなんだなと可笑しく思ったのが未だに忘れられない。地表の土砂を大規模に除去して岩盤を剥き出しにした上に建屋を建設し、鉄筋の太さと密度はそれぞれ通常の建物の3倍であり、直下型の地震で震度7にも耐えられるという説明に非常に納得させられた。同じ沸騰水型原子炉であるが、福一の原子炉は福二と違うメーカーのもので、設計構造が全く違うという説明を受けた。3.11 の大震災では福一福二とも高さ 20 m を超える大津波の襲来を受けて全電源喪失(Station Blackout、SBO)の非常事態を迎えたが、福二は水素爆発も起こさず、何とか今日に至っている。
まず驚いたのはセットの見事さである。長野県の諏訪市に作られたというセットは、40 年前に見た原子炉建屋内部の光景と全く遜色なく、まるで本物の原発を使って撮影したのではと思わせられるリアリティを持っていた。実際に撮影できない海底の地震や原子炉内部の映像は CG であるが、そのリアリティも非常に高かった。あの時何が起こっていたのかを視覚的に捉えることができるのは有り難いと思ったが、これが新たな風評を生むのではと心配する向きもあるのは十分察せられる話である。
原作にほぼ忠実な脚本は淡々としていて、感動や感涙を押し付けることもなく、原作を読んでいると許し難い思いに駆られる首相周辺の描写もまた淡々として事実のみを語ろうとしていたように思われたが、それでも、この当時の政府がいかに無能で余計なことばかりしていて、しかもいかに見下した態度だったかが嫌というほど察せられた。個人的にはもっと首相と政府の無能さを強調してほしいところだった。あの無能極まるクソ菅が無意味な視察を強行したために、ベントが予定より6時間も遅れて1号機と3号機の原子炉建屋が水素爆発を起こしたのである。
原子炉はマトリョシカのように多重殻構造になっていて、中心にあるのが原子炉圧力容器で核分裂反応を閉じ込めている容器であり、それを冷却するための付帯設備などをもう一つの原子炉格納容器が囲んでいる。更にその周りを原子炉建屋が囲んでいる。いわば、圧力容器が人間で言えば下着にあたり、格納容器は上着、建屋は家のようなものである。沸騰水型の場合、圧力容器の中で加熱された水はそのまま発電用のタービンを回転させてから元の容器に戻る構造になっており、圧力容器はもちろん、格納容器の中まで放射性物質が充満している。核燃料を棒状に保っている金属容器はジルコニウムでできており、圧力容器内の水位が下がると数千℃もの高温となって、周囲の水蒸気と反応して水素を発生させる。
映画ではこうした説明が全くなかったのが難点であった。あえて説明シーンを用意せずとも、いくらでも台詞の中に潜り込ませることができるはずなのだが。それによって、圧力容器は言うに及ばず格納容器まで溶けて放射性物質を振り撒いたのがチェルノブイリ事故であり、一方、福一の事故は建家の水素爆発までしか起こっておらず、ベントによって圧力を下げたことによって辛うじて格納容器は保たれたという相違を明示することができたはずである。
俳優は、渡辺謙と佐藤浩市の圧倒的な存在感が素晴らしく、火野正平や緒方直人らの確かな存在感も見事であった。現場作業員役の俳優たちは、水素爆発発生後のシーンでは全面マスクを着用しての演技となり、表情が伝えにくくなってるにもかかわらず、その熱い思いがひしひしと伝わって来た。ナレーションを廃して全てが俳優の演技に委ねられていたため、役者に求められていたものは非常にレベルの高いものであったと思う。首相役の佐野史郎はいかにも憎々しげで好演であったが、一昔前の村野武範ならもっとリアルに演じてくれたのではないかと惜しまれた。米軍の司令役でダニエル・カールが出ていたが、得意の米沢弁を封印して見事に英語のみで演じ切っていた。
岩代太郎の音楽はいつもの通り非常に水準の高いもので、いずれの曲もクラシックの演奏会でプログラムに入れる価値のあるものばかりであった。五嶋龍のヴァイオリンと長谷川陽子のチェロの演奏も非常に見事なものであった。
演出はリアリティに徹しており、非常に見事なものであったが、事故直後の場面では同時に複数の人間が叫ぶような場面があり、聞き取りにくかったのがやや残念であった。「トモダチ作戦」に出てくる米軍ヘリや、首相を運んだ自衛隊のヘリは本物を使っており、米軍や自衛隊の協力を得たシーンは非常に見応えがあった。演出上の虚構を極力廃した製作姿勢は、非常に立派だと思った。所長から退去を勧められた自衛隊員の返答には思わず目頭が熱くなった。協賛企業にド腐れウソ日新聞がないので出せた台詞ではなかったかと思った。多くの人に見て頂きたい映画である。
(映像5+脚本4+役者5+音楽5+演出5)×4= 96 点。