「「海の匂いがしました・・・」」岬の兄妹 いぱねまさんの映画レビュー(感想・評価)
「海の匂いがしました・・・」
前回鑑賞した『新橋探偵物語』のアフタートークでゲストで登壇した主人公の女性役の女優さん、そして古舘伊知郎のANNGにて紹介されての作品である。全然ノーマークであり、存在自体知らなかった。そして俄然興味を持ち急遽鑑賞した次第。
かなりというか相当重いテーマである。去年観た東京国際映画祭での台湾作品『三人の夫』に近いシチュエーションである。
いわゆる自閉症の妹、足の悪い兄が、底辺の生活の中で人として道を踏み外して行くストーリーである。タイトルの筆文字といい、何となく昭和のATGの匂いを纏いつつ、内容がドライブを掛けて“居たたまれなさ”に突っ込む。そもそもの前段階でかなり厳しい状況に追込まれてしまっている兄妹なのに、フィクションとはいえ現在の日本において特別ではない環境なのだ。誰も助けてはくれない、どこにも庇護をもたらすモノがない二人とすれば、妹が通常の自己確認が出来ない頭脳構造であれば“悪魔の囁き”がカマをもたげてくる。それは小さい頃に訳も分らずブランコの鎖に股を擦りつけていたあどけない妹への憐憫か、亡き母親の、妹を守れとの言いつけを最悪の形で裏切ってしまう事への自暴自棄なのか、妹の生殖行為を強制的に見せられてしまった事への倫理観崩壊への堕落が、否応なしに観客にぶつけられる。そして二人の心と体を蝕む所業が繰り返されるのだが、所々でもっと下層へ堕ちる危険な出来事が訪れるシーンは益々心を潰される思いを抱く。妹が友人の身重の妻に、又は出産後子供に何か重大なインシデントを起こすのではないだろうか、又中学生の攻撃に於いても絶対絶命からの意外な破れかぶれの反撃のサスペンス要素もリアリティ且つ、重厚に仕上がっている。いわゆる“小人症”の客との無邪気で切ない繋がりからの裏切りの件も大変叙情的で哀しさがひとしおだ。妊娠した妹の腹を潰そうとブロックを振り上げたところで、散々倫理観を棄ててきた兄がそれでも思いとどまる件は、予定調和に進まない心の機微をぎゅっと掴まれて揺さぶられる監督の掌握術が利いていてニクい展開である。
そしてラスト、何とか元の雇用先に戻ったと思わされる作業着で、アバンタイトルと同じシーンがループされる演出からの、海の岩場での、妹の化粧と、携帯電話の呼び出しで、結局又この兄妹は何も学ばず同じ事を繰り返すのだろうと諦めとそれでも生きていこうと藻掻く逞しさを印象付けてエンディングを迎える形は、大変秀逸な終わり方である。多分メジャーでは出来ないこの泥臭く現代的な作品をきっちり仕上げた制作陣に拍手を送りたい。