「曲がる影には曲がれる愚行あり」バイス 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
曲がる影には曲がれる愚行あり
同じ製作チームによる『マネー・ショート 華麗なる大逆転』は自分がお金の動きに疎い事もありちんぷんかんぷんだったが、本作はなかなか。
題材に興味惹かれた。
ブッシュ政権時の副大統領、ディック・チェイニー。
恥ずかしながら、本作でチェイニーの事を知ったくらい。
そもそもアメリカの大統領は誰でも知っているが、副大統領までは知らない。
何故に副大統領の事を描く…?
何故ならこの副大統領、ただの副大統領ではない。
“影の大統領”であり“史上最強の副大統領”であり“史上最悪の副大統領”であった…。
ある意味、サクセスストーリーとでも言うべきか。
元は田舎町の電気工。
やがて政界に入り、首席補佐官、下院議員、国防長官、そして副大統領へ。アメリカ政府を裏で操るまでに。
大出世というより、上り詰めるという言葉の方がぴったり。
その成り上がり術は、少しでも恩恵に預かりたいくらい…?
が、最初から世渡り上手ではなかった。
電気工時代は酒に溺れ、しがない毎日。
そんな彼の尻を叩いて一念発起させたのは、妻のリン。
後の大権力者も、妻の内助の功あってこそ。
政界に入ってからは、そこは“自分の世界”。
まず、誰に仕えるか。その見極めの目が光った。
当時下院議員だったラムズフェルドの下に就き、信頼を勝ち得て、政治の表と裏を学ぶ。
野心は勿論あったであろう。でなければ、あそこまで上り詰めたりはしない。
でもそれを表面に出さないで、あくまでも一歩下がり、忠実で裏方に徹する。
ブッシュから副大統領を打診された時も。
アホなブッシュが最高権力者の座に就くより、政治の表と裏も知っている自分の方が適任だったかもしれない。
しかし、これでいいのだ。名ばかりの大統領はアホにくれてやり、彼を盾にしその影で、自分が…。
良く言えば出来るやり手、悪く言えば虎視眈々、権力、欲…。
見ていたら、次第に末恐ろしさすら感じ始めた。
全てが順風満帆ではない。
党が敗れ一時は政界を去った事もあるし、何より彼を苦しめたのは、持病の心臓病。
倒れた事も一度や二度ではない。命の危険や移植が必要なくらい深刻。
倒れてもその度に復活し、政界では良くも悪くも手腕を振るう。
その不屈の精神(権力欲?)にはさすがに頭が下がる。
作風は思ってた以上にコメディ色が強い。皮肉と風刺の政界ブラック・コメディ。
監督アダム・マッケイは元々コメディ畑出身で(はっきり言うとおバカコメディが多かった)、『マネー・ショート』で思わぬ才を発揮。ピリリと辛口の滑稽な笑いとトリッキーな演出(途中でエンドクレジット…!?)で、快テンポで見れる。
でもやはり、主演クリスチャン・ベールだろう。
チェイニーの若い頃から老年期まで、特殊メイクを施し、仕草や口調まで完コピしたという。
圧巻は話題の肉体改造。20㎏の増量。
実際のチェイニーの画像も見たが、あまりの激似に仰天…!
毎度毎度の徹底した役作りは凄まじいが、増減の肉体改造は心配するくらい。
それほどの大熱演、怪演は一見の価値あり!
ベール以外も、ラムズフェルド役のスティーヴ・カレル、ブッシュ役のサム・ロックウェル、パウエル役のタイラー・ペリーら個性派が、未だご健在の政治家たちを激似メイクで巧演。
中でも、妻リン役のエイミー・アダムスはさすがの好助演、存在感。
それにしても、本人たちはどう思っているんだろう…?
伝記映画はその人の偉業を称える事が多いが、政治家の伝記映画の場合、勿論それを描きつつも、そうでない事の方が多い。
殊に本作に至っては、チェイニーを称賛するような描写や作風はまるでない。寧ろ、どちらかと言うと…。
だってチェイニーは、“史上最悪の副大統領”。
そう呼ばれる所以は…
あの9・11の報復として始まったイラク戦争。
表向きはブッシュの好戦的な決断のように思われているが、本作を見ると実際は…。
イラク戦争を始めた黒幕は、チェイニー。
全ての情報を自分の所で留め、確たる証拠も無く独断で決め、歪曲した決定をあたかも真実かのように大統領に報告し…。
結果この戦争は、テロリストだけを葬るのならまだしも、米軍兵やイラクやアフガンの民間人にも死傷者多数。テロ首謀者に固執するあまり、別のテロリストを野放しにし、新たな被害を拡げさせてしまったという大愚行。
チェイニーにとっては正義という大義名分だったかもしれないが、それは独善以外の何物でもない。
正義とは…? 報復とは…?
ベトナム戦争の過ちを思い返させるような、何故こんな戦争を…?
何故それに至った…?
本作は単なるヤバすぎる暴露話、政界ブラック・コメディではない。
チェイニーを題材にし、その過ちを痛烈に糾弾したメッセージ性の強い社会派ドラマでもある。
アメコミやシリーズ物やリブートやアニメの実写化続き嘆かれるハリウッドだが、ちゃんとこういう作品も作る所が、本当の意味で“自由の国アメリカ”。
トランプ批判映画もこれからどんどん作られていくだろう。
それに比べたら日本映画界は…。
日本でもこういう挑戦的な社会派映画を作ろうとする考え、無いのだろうか…?
例えば…、田中角栄を題材にして、その破天荒さや手腕や野望や失脚までを包み隠さず、往年の山本薩夫監督作のように圧倒的なパワフルさと熱量で、上映時間も3時間の長尺で見応えたっぷりの社会派エンタメとして。
題して、『日本列島改造』!
如何でしょう、日本の映画製作関係者の皆さん?