「アダム・マッケイのセンスが光るブラック・コメディ」バイス 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
アダム・マッケイのセンスが光るブラック・コメディ
最強の副大統領(Vice President)と言われたディック・チェイニー。「副(Vice)」だったからこそ、彼はその力を行使出来た。副大統領でありながら、副大統領だったからこそ、ブッシュを盾に大統領以上の政治力を見せた。それが功に転じたか罪に転じたかは神でもなければ判断が出来ないし、ましてやこの映画では判別しようもないし、人それぞれの主義や解釈もあるだろう。ただアメリカ兵やイラク民間人が多数亡くなった一方で、心臓が止まったはずのチェイニーが臓器移植で存命している皮肉。イラク戦争の口火を切った事実と、彼の心臓の病気とは無関係であるはずだが、やっぱり皮肉だと感じる。
アダム・マッケイはもうすっかり社会派のテーマを風刺するブラック・コメディが巧い監督に成り代わった。ウィル・フェレルのコメディ映画を撮っていたとは俄かに信じられないほど。ただ風刺のためには十分なコメディセンスが必要なわけで、この映画にしても、生真面目に撮ればそれこそキャサリン・ビグロー映画みたいな感じになっていてもおかしくないところ、しっかりブラック・コメディしているあたり流石。
冒頭はありがちな伝記映画みたいな筋書きで凡庸だなぁと思いつつ眺めていたら、それを見透かすように所謂「伝記映画」のエンディングをパロディにしたエンドロールが流れ出したり、突然ディックとリンがシェークスピア調のセリフ回しになったり、観客が難解に思うであろう内容の説明を高級レストランのメニューの説明に擬えたり、遊び心と面白い試みで溢れていて実に愉快。一見すると小難しそうな内容を観客に理解させる配慮が上手だなぁと感じた。それは「マネー・ショート」でも思ったことで、そういう部分でコメディ映画を撮り続けてきた勘が働いたりするのかなぁなんて勝手に思ったりした。
この映画は恐らく、ディック・チェイニーの賛否を決めるためではなく、毀誉褒貶の激しい人物を取り上げ、映画がどこまで真実に近づけるかに対する挑戦だったのかなと、冒頭に表れた一文を思い出す。だから見終わった後も、チェイニーをどのように捉えればいいか頭を悩ませることになる。かと言って、権力を手にすると人間って怖いよね、みたいな感想で締め括りたくはない。なんだか全然すっきりせず、心にモヤモヤが残った状態で映画は終わったが、でもそれも含めてブラックジョークであり、風刺なのかな?という風に私は受け留めた。