「人間の心の闇を見せ付ける」ちいさな独裁者 しずるさんの映画レビュー(感想・評価)
人間の心の闇を見せ付ける
唖然としてしまうような話だが、実話ベースの作品なのだそうだ。
一兵卒の脱走兵が、将校の制服に身をやつし、嘘と演技で言い逃れる内に、残虐な指導者へと変貌していく。
恐らく最初は、脱走兵として処分される事への恐怖、殺らなければ殺られるの心情だったのだろう。
それが次第に、明らかに行き過ぎた虐殺行為へと変わっていったのは、従わせる権力に、他者を虐げる暴力に、快感を覚えたからだろうか。
彼だけではない。部下となった兵士、助かりたい脱走兵、将校の妻までもが、処刑すべき罪人とされた人間に対し、いたぶるように背後から、銃を向け発砲し撃ち殺す。 部下の一部は彼の嘘に薄々感づいているようにも思えるが、それを暴く事はしない。
自分は殺されたくない、という恐怖からの自己保身が強く働くのだろう。人を殺してでも自分は生きたい。責められない欲求だ。けれどそれだけだろうか。
被害者になるより加害者である方が、安心だしマシだし楽しいのだ。狂気のように見えるその行為の、根底に流れる感情は、生き物として人間として、多かれ少なかれ誰もが当たり前に保持しているもののように思える。それが心底恐ろしく、腹の底がずうっと冷えていく。
とうとう捕らえられ、裁判にかけられた時、軍人の上官は、彼の行為を正当化する。「我々も昔はよく銃でやんちゃしたもんだ。それに彼は度胸があるし、友軍に害は加えず、役目を果たしている」大変なブラックジョークだが、これが普通にまかり通る戦時の恐ろしさ。
正に、英雄とは稀代の殺人者なのだ。
エンドロール、主人公率いる即決裁判部隊は、現代の街並みを闊歩し、手当たり次第に人々を捕まえては、難癖をつけ持ち物を没収していく。人々は彼らを不信な目で見やり、憤慨したり反発したりする。
現代では明らかにおかしいと感じられる行為が、当然で仕方がないとして受け入れられていたかつての異常さを浮き上がらせると共に、彼らは過去の人間ではなく、現代にも存在する危険なのだと警鐘を鳴らしながら、物語は終了する。
あなたの隣に、私の中に、ちいさな独裁者は存在する。
怖さと苦さが、消えない後味として残る映画だった。