劇場公開日 2019年10月4日

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蜜蜂と遠雷 : 映画評論・批評

2019年9月17日更新

2019年10月4日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにてロードショー

クラシック音楽の深みと底知れない魅力を再発見させてくれる

直木賞と本屋大賞のW受賞を果たした恩田陸のベストセラー「蜜蜂と遠雷」の映画化である。国際ピアノコンクールを舞台に、亜夜(松岡茉優)、明石(松坂桃李)、マサル(森崎ウィン)、塵(鈴鹿央士)の四人のそれぞれ出自も個性も全く異なるピアニストが頂点を目指して熾烈な業を競うさまをスリリングに描いている。

「文字から音が聴こえてくる」とまで形容される圧倒的な音楽描写ゆえに映像化不可能と目された原作に果敢に挑んだのは、長編デビュー作「愚行録」(17)で新人離れした堅牢な演出が絶賛された石川慶。ポーランド国立映画大学に学び、学窓である撮影監督ピオトル・ニエミイスキと組んだ石川慶は、「愚行録」において東欧映画の巨匠ロマン・ポランスキークシシュトフ・キエシロフスキーを想起させる陰鬱な映像美でサイコパスのおぞましき内面の空洞を鮮やかに抽出した。

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本作においても、かつて天才少女と称賛されるも母の急逝によって深刻なトラウマを抱える亜夜の暗い心象をシンボライズするように間歇的に現れる、荒ぶる馬と降り注ぐ驟雨の幻想的なイメージは、不穏さをかき立ててやまない。松岡茉優はそんな繊細で傷つきやすい寡黙なヒロインを見事に演じ切っている。

石川慶は、原作の武器である言葉ではなく、映像と音響という映画独自の特性を最大限に活用することで、全く異なった、ある意味では原作を凌駕する地平へとたどり着くことが出来た。メインキャラクターたちの演奏シーンを担う河村尚子をはじめとする世界的なピアニストたちが、全篇にわたって縦横無尽に、ダイナミックな音を聴かせてくれるからである。ドビッシーの「月の光」、ベートーヴェンの「月光」、バルトークの「ピアノ協奏曲第3番」、そして映画のために書き下ろされた藤倉大の「春と修羅」etc。この映画で鳴り響く、典雅でロマンティシズムに満ちたピアノの音色は、見終えた後もずっと永く耳に残ることになる。

この映画は、天才同士の確執といった、ありきたりなルーティンから遠く離れて、クラシック音楽の深みと底知れない魅力を再発見させてくれる。それこそが最大の美点なのである。

高崎俊夫

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