「女優を美しく輝かせることが映画監督の基本。」エリカ38 Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
女優を美しく輝かせることが映画監督の基本。
"KIKI KILIN presents"とクレジット。故・樹木希林の最初で最後の企画作品。主演の浅田美代子を始め、主要キャスト、監督、プロデューサーに至るまで自ら交渉、完成に導いた。
良くも悪くも、樹木希林の遺作ビジネスのひとつである。
本作は、2017年に出資法違反の疑いで、滞在中のタイで身柄拘束された山辺節子(当時62歳)の半生をモチーフとしている。
実事件の映画化ではなく、"女のエゴ"の変わり様にフォーカスしている。主人公も渡部聡子(エリカ)に変えてある。樹木希林自身も、主人公の母親役で出演する。
モデルの山辺節子が世間をザワつかせたのは、自身を38歳と偽り、現地ホストに家を買い与えるなど、恋人契約に近い生活があきらかになったことだ。
特別に美人でもない、ふつうの容姿であることを自認しながら、ミニスカートを履いて"38歳"と詐称する、さじ加減の巧さに、多くの人が唸った。
樹木希林はこの事件の映画化と同時に、還暦を迎えた浅田美代子とイメージがすぐに結び付いたのかもしれない。
本作は、事件報道された直後の2017年5月には、樹木希林から関係者に企画概要が持ち込まれている。この頃には余命を悟っていたであろう樹木のスピーディーな動きに驚かされる。
"45年ぶりの主演"という事実が示すとおり、アイドルで一世風靡した女優・浅田にもう一度、ひと花咲かせたいという樹木希林の愛情でもある。
企画のきっかけが、"主演・浅田美代子ありき"だけに、アテ書きとも思える部分もある。監督には、樹木希林がその作品「ブルー・バタフライ」(2017)を絶賛していた写真家の日比遊一が務める。
しかし日比監督の撮影アプローチには疑問がある。主演女優の浅田美代子が実物よりも老けて見えるのはいただけない。"観る人のイメージを裏切りたかった"というが、それは違うのではないか。
女優を美しく輝かせることが映画の基本だ。
むしろモチーフとなった山辺節子の若作りメイクは、バカな男が騙されるほどである。自然体で若作りを感じさせる浅田美代子の容姿だからこそ、そのままで企画意図どおりなのではないか。ラブシーン等で、わざと汚ないすっぴんアップを披露して、実年齢を感じさせることは、さほど重要ではない。女性のエゴの描写にも必要ない 。
さらに画角がスタンダード(4:3)で、フィルムテイストなグレインノイズと色味を感じさせる画質は、昭和の旧作でもあるまいし・・・。これによって他の女優の顔も暗く沈みこむ。撮影期間も短かったらしいが、こんな撮り方は禁じ手。作品を観るに耐えない。
一方で、見事なシーンもある。債権者が渡部に詰め寄るくだりのリアリティは迫真だ。ここだけは観るべきものがある。
実際の事件は、"つなぎ融資詐欺"だったわけだが、それではストーリーが盛り上がらないので、本作では"発展途上国支援"に変えている。"寄付"でも"貸付"でも"投資"でもないところがミソ。
ストーリーの起伏もなく、出資金詐欺の注意ビデオを見せられているだけ。
唯一楽しかったのは、初日舞台挨拶。出演者のひとり山崎静代(南海キャンディーズのしずちゃん)の第一声、"どうも蒼井優です"・・・だった(笑)。
ちなみに樹木希林の遺作ビジネスはまだ続く。8月16日公開のドイツ映画「命みじかし、恋せよ乙女(仮)」(英題:Cherry Blossoms and Demons)に出演している。
(2019/6/8/TOHOシネマズシャンテ/スタンダード)