劇場公開日 2019年11月2日

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「すさみきった世界」象は静かに座っている ごいんきょさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0すさみきった世界

2019年12月11日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 何なんだ、この悪意に満ちたすさみきった世界は。「對不起」を言わない世界、「Sorry」の言えない世界が、その版図を拡げようとしている。

 逃げ出した自分の犬が小犬を噛み殺しても謝りもせず相手をなじることしかしない飼い主。外の空気が臭いと怒鳴り散らす父親。トイレの水漏れしたゴミ箱のような部屋でつぶれた誕生日ケーキを食べる娘と愚痴り続ける母親。教師の夫が教え子に手を出しても、逆に女子高生を問い詰めることしかしない妻。とくとくと養老院行きを義父に向かって説く男。4人の主人公以外の登場人物には善意の人はいない。彼らの周りの世界は本当にとげとげしい。これが作者の目に映る現実世界なのか。

 犯罪映画でもないのに次々と人が死に、犬も死ぬ。浮気現場を押さえた男は妻と間男の目の前で飛び降りて死んでしまう。スマホを盗んだと疑われている友人をかばって番長に立ち向かった少年は、故意ではないが相手を死なせてしまう。家に居場所がなく犬と散歩に出た男の小犬は噛み殺される。少年が助けを求めて向かった祖母はすでに息絶えていた。死は彼らのすぐそばにある。

 この映画の作者は極端にパンフォーカスとピン送りを嫌う。それぞれのシーンでは、そのシーンの主人公にピンが固定され、それ以外の登場人物にピンが合うことはまれだ。その他の登場人物はピンの合った主人公の背後で顔や姿がぼやけたまま台詞を話す。この意図は何なのか。誰が何を話し、何をするかは主人公たちにとってはとるにたらないことなのか。

 4人の主人公たちは、そんな世界を自分に対しては誠実に生きようとしている。しかし、その誠実さとは一日中座ったままで何もしないサーカスの象でしかないのかもしれない。

ごいんきょ