「奇妙・素朴・独特」メランコリック erimakiさんの映画レビュー(感想・評価)
奇妙・素朴・独特
傑出した個性派キャラ達
イケメンの部類だがどっか抜けてて影を感じる主人公・和彦、
快活で無垢で一見そこ抜けた明るさを持つ松本、
美女ではないが雰囲気が可愛い百合、
それぞれ独自の個性が滲み出ている。三者三様とはこのことではないか。和彦が百合の質問責めに対して「まあ、そうだね」を棒読みに近いトーンでオウム返しのように連呼する気怠い(不器用な)キャラを演じる部分、銭湯のバイト面接時で明るさだけが取り柄と言わんばかりの松本の話し方、雰囲気イケメンならぬ雰囲気かわいこちゃん(?)な百合の「こういう女の子いるよね(モテるよね)」感。皆めちゃめちゃ演技派、技巧派というわけではないのだが、そのややぎこちなかったり棒読みだったりするのが逆に妙にリアルな現実味を帯びていていい味が出ている。
無駄なシーンが重要である
家族の夕食シーンでの父と母の会話、ちょっとイチャシーン多ない?とつっこみたくなりそうな和彦と百合の絡み、決戦前夜にこれでもかと繰り返し垂れ流される二人の訓練、挙げればキリのない一見意味不明な(省いても問題なさそうな)カットの数々、下手すればノイズとなってストーリー本筋への妨げにもなりかねないのでは?と感じるものの、最後まで鑑賞し、最後の和彦の言葉まで聞き、初めてそれらがおぼろげに意味を持って思い出されてくるから不思議。通常なら作り手は無駄な部分を極限まで削ぎ落とそうとする心理が働くと思うがこの映画は逆に一見無駄に思える部分が重要であるような、そんな気持ちにさせられる特異な例だ。
和彦と百合の言葉がすべてだった
何故百合が頻繁に銭湯に通うのか?など伏線が張られていることから何らかの形で彼女も銭湯の裏稼業にも関わっているのではないか?そしてそれがこの物語の根幹に関わる重要設定なのではないか?と考えていた人は多いはず。かくいう私も、その辺の設定いかんでこの作品の出来不出来は大きく変わる・・・!と意気込んでいた。そして最後のシーンで百合が「実は私がここに通っていた本当の理由はね・・・」と切り出されてほらきたここだ!!と目ン玉見開いたものの、その予想を大きく裏切られるセリフに思わず私は唸った。「素晴らしい・・・・」。あのセリフは最後の最後の和彦の語り口にも密接にリンクしている。即ち、素朴さ、くだらなさ、とるにたらなさ、それが重要なことなのだと。変に入り組んだシナリオでなくていい意味で期待を裏切られた。
やはり見栄えや派手さでいうとどうしてもお金をかけているメジャーな映画に見劣りするのと、どこか一歩間違えばアマチュアに毛が生えたようなレトロ感というか素人臭さが勝ってしまうような映画にもなりえた気がする。とはいえ、秀逸なアイデアと傑出したキャラを演じる俳優陣によって、紙一重でユニークかつ魅力的に映る作品に仕上がった印象。しかしそれは分厚い紙一重であった。