「ドラマに賭ける「和平」への継続的取り組み」テルアビブ・オン・ファイア つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
ドラマに賭ける「和平」への継続的取り組み
パレスチナ人の脚本家(実は言語指導スタッフ)が、検問所のイスラエル軍司令官に人気ドラマの脚本をアドバイスされる…。こんなあらすじで、食いつかない訳がない!
実際のところ、期待通り、というかそれ以上に面白かった!特にオチが良い。完璧に練られたオチがあるから、全体が一貫しているのだ。
オチの解説をする前に、パレスチナ問題について触れようかと思ったが、「そもそも」を話し始めるには紀元前まで飛ぶ必要がある。とても4000文字に収まらねぇ、ので止めておく。とりあえず、イスラエルにはパレスチナ人の自治区があるよ!という事と、今も絶賛紛争中だよ!という事がわかっていれば大丈夫、なハズ。
ドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」はパレスチナ自治区で制作されている、ゴリゴリのアラブ抗戦ドラマだ。
ゴリゴリ、と書いたけど、女スパイとイスラエル将軍とアラブ活動家の三角関係メロドラマでもある。昼メロ感すごい。
当初の脚本家は、イスラエル将軍の事は「利用されるだけの感じ悪い男」のつもりだったわけだが、映画「テルアビブ・オン・ファイア」主人公・サラームの言語指導がきっかけで脚本を降りる事になる。
それと前後して、サラームは検問所の軍人・アッシに台本を取り上げられ、「俺の意見をドラマに入れろ」と無理難題を吹っ掛けられる。
実はアッシの奥さん(勿論イスラエルのユダヤ人)もドラマに夢中。反ユダヤだ!とアッシが批判しても「ロマンスのわからないアホは黙っとけ」扱い。
毎日検問所に出勤して、イスラエルの為に貢献しているというのに、愛する妻には邪険に扱われ、ちょっと可哀想。
サラームはサラームで、アッシには見栄を張ったものの脚本など書いたことがない。むしろ5分と座ってもいられない。
いつまでもピリッとしない・就職もしてないサラームは恋人にフラれて久しいが、彼女に未練タラタラ。
そう、この映画はごくごく普通の人々が、ごくごく普通の悩みに翻弄され、自分たちの幸せを模索するコミカルなドラマなのである。場所はパレスチナ自治区とエルサレムの間だけどな!
ベースになっているのは、あくまでもサラームとアッシで、ドラマが巡り会わせた奇妙な絆。そこへパレスチナとイスラエル、過去のトラウマからの脱却、愛する人に認めて貰いたいという思いが乗っかる。
ドラマのエンディングについて、将軍とスパイの結婚を「オスロ合意」に見立てるのは、パレスチナとイスラエルの平和交渉という希望のエンディングだ。「リアリティ不足で視聴者に受けない」と一蹴されるあたりが、この問題のややこしさを表現していて切ない。
スパイが愛よりも任務を選ぶエンディングは「マルタの鷹」が引き合いに出され、サラームの叔父さんは「ハリウッドからパクってやった」と得意げだが、サラームには否定される。
これは「アメリカのやり方ではこの問題は解決しない」という、当事者からのメッセージでもある。
サラームが伝統料理であるフムスを苦手としているのは、インティファーダの頃、家から一歩も出られず、息を潜めてじっとしながら攻撃が止むのを耐えていた時に、食料が缶詰のフムスしか無かったからだし、何ならじっとしているのが苦手なのもその影響だろう。
アッシがドラマに口を挟むのは、家で奥さんに相手をして貰いたいからだし、アッシ自身は検問の仕事を「やりたくない」と言っていることからもわかるが、誰だって他人から憎まれたり疎まれたりするのは不快。
毎日パレスチナ人から「偉そうなイスラエル軍」として見られる生活は、国家を持ち支配から脱却するというユダヤ人の願望を叶えてはいても、少なくともアッシの幸せには結びついていない。
脚本に迷うサラームに対して、アッシがしたアドバイスは「愛し合う二人は何をする?」だった。「キスとかハグとか?」と答えるサラームに、「違う。話し合うんだ」と。
だからサラームはアッシと話し合う事にする。
ドラマのエンディングについて。アッシが「本当に」望んでいることについて。イスラエル人として、ではなくアッシという一人の人間として。
愛し合っているからではなく、愛し合う事を始めるために、話し合う。
二人が選んだエンディングは、「アメリカのやり方」を阻止し、安易な「オスロ合意」を阻止し、「テルアビブ・オン・ファイア」のシーズン2突入(主役はアッシ)である。
奥さんビックリ、アッシ大満足、新人女優抜擢、制作チーム続投の大団円(?)だ。
単なる反ユダヤから、キャストにユダヤ人を加えることで名実共に「(イスラエルに住む)俺たちのドラマ」に変革。継続的に取り組まなくてはならない、という「To Be Continued」のメッセージ。新しい世代がドラマを作るという気概。
そして、ドラマが作られている限り、パレスチナは永遠に残る。何たってパレスチナ自治区で作ってるからね!
歴史に残る、最高のエンディングです。