「マハーシャラの弾くショパンがすごい本物」グリーンブック DOGLOVER AKIKOさんの映画レビュー(感想・評価)
マハーシャラの弾くショパンがすごい本物
グリーンブックとは、郵便局に勤めていたビクター ヒューゴ グリーン氏によって書かれた黒人旅行者のためのガイドブック。1936年から1967年まで盛んに利用された、黒人を受け入れるモーテルやレストランの案内書で、このガイドブックなしに黒人が安全に他州へ移動したり旅行することができなかった。
ストーリーは
1962年ニューヨーク
イタリア移民のトニー リップ ヴァレロンガは妻と二人の幼い子供を持ち、ニューヨークのアパートに住む。イタリア人の常で、両親、親戚すべてひと固まりで仲良く暮らす大家族の一員だ。仕事はナイトクラブの用心棒。教養はないが、腕っぷしは強く、イタリアマフィアの目にも留まっている。家族との生活も仕事も順調だったが、勤めていたナイトクラブが改装のため一時閉鎖することになって、しばらく仕事が無くなりあぶれてしまった。そこで、ドクターシャーリーというピアニストが運転手を募集していると聞き及び、トニーは カーネギーホールの階上にあるアパ―トに面接に行く。驚いたことに、ドクターシャーリーは、黒人の紳士だった。このドクターは良家に生まれ、3歳の時からピアノの才能を認められ、10代で黒人で初めてロシアから奨学金を得て留学しヨーロッパで教育を受けた人だった。ホワイトハウスにも2度招かれて演奏をしていた。ニューヨークで演奏活動をしていれば、倍の収入になるにもかかわらず、8週間かけて、アメリカの西部から南部をコンサートツアーに行きたいという。そのために運転手が必要なのだった。8週間後のクリスマスイヴには帰れる約束だ。週に経費抜きで週$125、法外の良い条件で、トニーは雇われる。
1台の大型車には ドクターの音楽仲間、チェリストとコントラバスが乗り、別の1台にトニーの運転するドクターシャーリーが乗車してツアーが始まる。ドクターは、トニーの遠慮のない話し方や、食べ方、平気で店から物をちょろまかしたり、車を止めて立ちションするなどの素行に閉口し、いちいち腹を立ててトニーを「教育」しようとする。トニーは、生まれてから教養人などに会ったこともないからドクターのアドバイスを理解できずに怒るが、最初のコンサート会場で、ドクターが演奏するクラシックピアノの音と、その華麗な姿に感動する。しかしドクターはいったんステージを下りると、コンサート会場の白人専用のバスルームを使わせてもらえなかったり、社交も限られている人種差別の現状を目の当たりにする。
トニーは毎日のように妻に手紙を書く。間違いだらけのスペル、文法も小学生の作文よりひどい。見かねてドクターはスペルを教えながら、誌的で美しい文章を口述して、トニーに書かせる。送られた愛情のこもったロマンテイックな手紙は、家でトニーの帰りを待つ妻を感涙させ、親類一同を感動させた。
またある町ではドクターが、バーに入っただけで、白人の酔ったグループにリンチにされて、飛び込んで助けに入ったトニーは銃を持っているふりをして、その場からドクターを助け出す事態も起きた。またある夜、YMCAのプールで白人男性を会っていたドクターは、警察に逮捕されるところだったが、トニーは機転をきかせて警官を買収してドクターを奪還する。しかし、さらに南部に移動して、ポリスに車を止められたトニーは、人種差別的な警官に侮辱されて思わず警官を殴って、逮捕される。無抵抗だったドクターまで同じ警察署の留置所に入れられて、ドクターは弁護士に電話をかけさせてもらうように要求する。ドクターは警察署から、ロバート ケネデイ司法長官に直接電話をして訳を話す。たちどころに州の知事から警察署に電話があり、二人は釈放される。
トニーはドクターが黒人なのに司法長官を動かすような権力を持っていることに腹を立ててドクターを激しく責めたてる。一方ドクターは警官に暴力を奮ったトニーを責め、二人はいがみ合う。ドクターは黒人であって、黒人でない。彼のアイデンテイテイ、彼の孤独感を誰も理解することができない。そこは、ナット キング コールが演奏しようとしたら、数年前に観客にステージから引きずり下ろされて殴られたような土地柄なのだった。
アラバマ州ビルミガン、ここが最後のコンサート会場だ。コンサート前に音楽仲間たちと会場のホテルレストランで打ち上げの夕食を取ろうとして、ドクターはレストランへの入場を断られる。その夜クリスマスデイナーの主賓であるのも関わらず、レストランは黒人客を拒否する。トニーはレストランマネージャーにつかみかかり、ドクターはコンサートで演奏するのを取りやめにする。ドクターとトニーは、黒人ばかりのバーに入り、飲んだついでにトニーに勧められて、ドクターはステージのピアノで「ショパン」を弾く。われんばかりの拍手。時をおかずステージにバンドメンバーが上がり、ジャズを演奏し始める。ドクターもノリに乗ってジャズを弾いて、愉快な夜を過ごす。すべてのコンサートツアーは終了して、長い帰途につく。
一行はニューヨークを目指して走る。大雪に苦労しながらも運転を続け、とうとうクリスマスの夜に間に合った。ドクターは疲れ切ったトニーをアパートで降ろして、帰っていく。賑やかなトニー家の歓迎。クリスマスの料理、愛する妻と子供達、気の置けない親類と友人たち。食べて飲んで、、、でもトニーの心は何故か沈んでいる。
一方ドクターも自分のアパートに戻り、一時ほっと安心する。でもなぜか孤独感が募る一方だ。やがて、トニーのアパートのチャイムが鳴る。立っていたのはドクターだった。トニーはドクターを心から歓迎して抱きしめる。トニーの妻が駆け寄って来る。「素敵な手紙をたくさん、たくさんありがとう。」ドクターはトニーの妻を抱きしめる。
というお話。
ハートウオーミングなロードムービー。ゴールデングローブでコメデイミュージック賞を取ったが、コメデイと言ってしまうには重すぎる。人種差別をテーマにしている。
南北戦争が18万5千人近くの戦死者を出して終結し、リンカーンが奴隷制廃止に踏み切った後でも、黒人差別は依然として合法だった。「異人種結婚禁止法」は1952年全米48州のうち29州で法制化されていた。「法的」に人種差別が禁止、解消されるまで1969年代のマルチン ルーサーキング牧師などによる公民権運動の高まりを待たなければならなかった。ケネデイが暗殺された後、ジョンソン大統領になって、「公民権法」CIVIL RIGHTS ACTがようやく制定されたのが、1964年7月2日だ。
それまで南部のジョージア州、アラバマ州、ミシシッピー州などでは学校、図書館、交通機関、トイレ、ホテル、レストランなどで、公然と人種分離が行われていた。
公民権法で差別が禁止されたあと、現在でも国勢調査(2017)によると、年収$24858以下の貧困ライン家族は、白人家族に比べ黒人家族は2,4倍を高く、明らかに経済格差が認められ黒人家族の貧困率は高く、犯罪率も高く、教育水準は低く、格差がある。
そういった不合理な社会で異なった皮膚の色、異なった教育背景を持つ二人の人間が、はじめは衝突し憎み合うが、過酷な旅を続けるなかで互いに理解を深め、最後には無くてはならないほどの関係になる、という、感動モノの映画がたくさんある。
古くは「手錠のままの脱獄」のトニー カーチスと、シドニー ポアチエ。「ドライビング ミスデイジー」は何度も芝居にも映画にもリメイクされたが、ジェシス ダンデイとモーガン フリーマン。「48時間」のニック ノルテと、エデイ マフイ。「メン イン ブラック」のトニーリージョンズと、ウィル スミス。「パルプ フィクション」のジョン トラポルタと、サミュエル ジャクソン。「ブラックKKK」のアダム トラバーとジョン デヴィッド ワシントン。この2018年の映画は、ベンゼル ワシントンの息子ジョンデヴィッド ワシントンのデビュー作だ。父親のようにハンサムでなくて、背の高くなくてちょっとがっかりだけど、相手役のアダム トラバーが冴えた演技を見せてくれた。
こうした、二人の人間が肌の色や社会的背景の違いを越えて親友同士になったというストーリーは 美しく納得もしやすく、感動もする。でもそれだけで差別が乗り越えられたと、思い込むのは早とちりというものだ。
現にこの映画でも、実際のドクターシャーリーの姪と言う人が、この映画は白人の側から白人の視点で都合よく作られていると、厳しい批評をしている。実際のドクターシャーリーは、2013年に86歳で亡くなったそうだが、彼の人生は醜い人種差別への挑戦であって、映画で語られた何十倍もの重圧の中で苦しみの多い人生だったと思う。映画でも、音楽仲間がニューヨークでコンサートをしていれば良いものを、人種差別の激しいアメリカ南部にあえて出かけて行ってコンサートをするのは彼の挑戦であって、世界を変えたいと彼が思っているからなんだ、と言うシーンがある。良い意味でも悪い意味でも良家に生まれて、天才ピアニストとして成功した世間知らずの芸術家が「人は変われる」と信じて、自分という例がアメリカ社会の人種差別の根を根絶させることができると夢みた結果、どれだけのバックラッシュを受けなければならなかったか。映画の中でも何度も命の存続危機に襲われる。アラバマ州のあるステージでは、ナットキング コールが観客からステージを引きずり降ろされ殴られたというエピソードでは、人の心の闇を見る想いだ。ドクターシャーリーの姪の映画に対する批判を、しっかり聴くべきだ。映画の中で、ドクターが大雨の中でトニーの車に乗るの拒否して、I ’M NOT ENOUGH BLACK、 I ’M NOT ENOUGH WHITE、WHERE AM I? と叫ぶ姿が忘れられない。黒人でも白人でもない。自分の居場所はどこなんだ。血を吐き出すような、魂の叫びだ。
この映画の良さは二人の役者の優れた演技によるものだ。
粗忽もの、教養のみじんもないイタリア移民を演じたビゴ モータンセンは60歳のオランダ系アメリカ人。「ロード オブ リング」(2001、2003,2005)のアラゴン役でおなじみの顔だ。本人はデニッシュ、フレンチ、スパニッシュ、イタリアン、ノルウェデイアン、スウェデッシュ、カタロニアンまで自由自在に使うことができる人で、役者、プロデユーサーだけでなく作家、詩人、画家、音楽家としても活躍している多才な人なのだそうだ。興味深い。
ドクターシャーリーを演じたマハーシャラ アリは2016年アカデミー作品賞を獲得した映画「ムーンライト」で、アカデミー助演男優賞と、ゴールデングローブで助演男優賞を受賞したばかりの人だった。モスリムで初めてアカデミー賞を受賞したことで話題になった役者だ。この映画で、ピアニストを演じているが、どこからみてもこの人が本当に、ピアノを弾いているとしか見えない。美しい長い指で、本当に弾いている。自分も楽器を弾くから素人の役者が楽器を弾くシーンで弾いている振りをしても、音を出していないのが、すぐ見破れる。メリル ストリープがバイオリンを弾くシーンなど、弾くマネが下手で大笑いしてしまった。でも、今回の映画シーンで、この役者、本当にショパンを弾いている。おまけにジャズまで自在に弾いている。これが役者の数か月の訓練だけで演じていたのだとすると、信じられないけどすごい役者だ。恐れ入る。
ビゴ モータンセンとマハーシャラ アリ二人の熟練役者なしに、この映画に価値は出なかっただろう。アカデミー賞候補として話題になり始めて、監督がセクシャルハラスメントで結構破廉恥なヤツだったとやり玉にあげられたり、ビゴが黒人をさす禁止用語をポロっとインタビューで口を滑らせ、その場が凍り付いたこともあって、一昨年マハーシャラ アリがアカデミー賞を取ったばかりだし、この映画 今年のアカデミーはだめだろう。でも心温まる映画であることは確かだ。見て損はない。サム スミスによるサウンドトラックも素晴らしい。
はじめまして、DOGLOVER AKIKOさん。
みかずきです。
DOGLOVER AKIKOさんのレビュー、
詳細、緻密で、作品関連情報も豊富な素晴らしいレビューですね。
本作、派手なアクション、CGなどは有りませんでしたが、心地良い余韻に浸ることができる良作でした。アカデミー賞作品賞受賞に相応しい作品でした。
仰る様に、本作の良さは二人の男優の演技ですが、古典的なストーリー展開でも面白かったのは、脚本が緻密で素晴らしかったからだと推察します。
アメリカ映画お得意のロードムービーで、
構えず、自然体のスタイルで、人種差別の根深さを描いていました。
人種差別に無意識だった主人公が、黒人音楽家との演奏旅行を通して、
次第に覚醒していく姿を描いた人間ドラマでした。
アメリカ映画の底力を感じる素顔のアメリカ映画でした。
では、また共感作で交流させて下さい。
-以上-
今でも南部は黒人差別意識が残るというし、当時はこの映画以上に酷かったとのは想像に難くない。
でも白人視点だろうと黒人視点だろうと、いい映画に変わりない。感動しました。
結果的にはアカデミー作品賞に選ばれた本作品ですが シャーリーの姪の方の仰有る通り これは彼の苦しみを表層的にしか描いていないと私も感じました。
あくまで トニーの視点からの映画だったという事でしょう。
その意味で 大変為になるコメントでした。
コメント失礼します!!
私も本人が弾いてると思ったのですが、手元は音楽担当のクリスバワーズさんらしいです!
彼はドンシャーリーの弾き癖を覚えるために8ヶ月練習したそうです。
マハーシャラも、立ち振る舞いからピアニストとにじみ出てわかるようピアノを3ヶ月練習したそうですよ!
試写会のトークショーで聞いた話なのですが、、ほんとかな、、
とはいえ私もピアノを弾くのですが本当に弾いてるかと思いましたし、マハーシャラの演技は本当に素晴らしかったですよね♪