劇場公開日 2018年11月2日

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「権力は必ず腐敗する」華氏119 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0権力は必ず腐敗する

2018年11月19日
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鑑賞方法:映画館

知的

難しい

 本作品はイラク戦争を仕掛けたブッシュ政権を激しく批判した「華氏911」とは少しニュアンスが異なっている。必ずしも現政権の批判ばかりではないのだ。リベラルと期待されたオバマでさえ、圧力団体に屈して少数者を弾圧している。何故か。
 アメリカは個人の自由と尊厳を謳う憲法を持ちながら、一方では大量破壊兵器を所持しているというジレンマの中にいる。世界の歴史は戦争の歴史である。武器を放棄すれば、戦争には勝てない。しかし武器は個人の生命や自由を脅かす。
 人類に悪意が存在しなければ、武器は必要ない。悪意に対抗するために武器が必要なのだという主張は、一見正しいように見える。しかし合衆国大統領が就任式で誓う聖書には、そんなふうには書かれていない。右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ、上着を奪う者には下着も与えよとある。ハンムラビ法典のように暴力に暴力で応えることは、いつまでも負の連鎖を生み、人間は自由にも平和にもなることが出来ないのだ。
 アメリカは日本よりもずっと複雑な利権の国である。エディ・マーフィが政治家になる映画「ホワイトハウス狂騒曲」の中で、議員になったエディ・マーフィが、この政策に賛成すればこの団体から献金がもらえる、反対すればこちらの団体から献金がもらえるというブリーフィングを受けるシーンがある。政治家になった途端に誰かの利益のために働くことになることは避けられない。肝腎なのは誰のために働くかというポリシーである。政治家は常に選択し続けなければならない。世界から核兵器をなくそうとした筈のオバマは、どこで選択を変えたのだろうか。
 アメリカの憲法はいざ知らず、日本国憲法第15条第2項には「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」と書かれてある。こんなことは書かなくてもわかりそうなものだが、公務員が国家権力を執行する役割を担っている以上、贈賄その他の利益供与を受ければ、必ずしも国民のためにならなくても、特定の誰かのために権力を濫用しかねないことの戒めである。権力は必ず腐敗するのだ。
 政治家は選挙で選ばれた特別公務員だ。誰のために働かなければならないかは、憲法を読んだことがある人なら誰でも知っている。尤も、日本をトリモロスと叫ぶ暗愚の宰相は一文字も読んだことがないだろうから、知らない可能性が高い。
 あまり大げさに取り上げられてはいないが、日本でも水道の民営化や種子法の廃止など、国民の生活に直接関わって、場合によっては身体や生命を危険に晒す恐れさえある政策が既に実施されている。日本は長いものには巻かれろ、寄らば大樹の陰という精神性だから、「お上のやること」に唯々諾々と従ってしまうところがある。
 選挙にも行かず声も上げないでいると、利権を貪ろうとする悪意の人々に国が蹂躙されることになるのは自明の理だが、かといってアメリカのように高校生の演説に熱狂する姿もまた、ハイル・ヒトラーと右手を挙げるナチスの姿を彷彿とさせて気持ちが悪い。同調圧力というのは、それがどちらの方向を向いても全体主義につながるのだ。

耶馬英彦