「映画って何だ?と自問したくなる傑作」サンセット つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
映画って何だ?と自問したくなる傑作
「サウルの息子」で私に激震を走らせたネメシュ・ラースロー監督の新作。
ここでの評価が低い?あらすじ読んでもよくわからない?長くて暗そう?そんなことはどうでもいい。これは観るしかない。観ずにはいられない。
観終わった直後は4点かなと思った。
かなり集中して頑張ったにもかかわらず、意味がわからない。わけがわからない。筋が通らない。だが、面白かった。
主人公イリスの背中から追うカメラは背景をぼかし、私たちに情報を与えてくれない。かと思えば、誰が発したのか、どこから聞こえるのかわからない声が、すぐ隣からのように聞こえてくる。
少しでも情報を得ようと前屈みになり、息を飲み、のめり込む。それでもやはりわからない。
何もわからず真実を求めようとするイリスと同様に観ている者も暗闇の中だ。何が真実で、何が偽りかもわからない。すべては憶測の域を脱することはない。
冒頭に混沌としたオーストラリア=ハンガリー帝国の説明が入る。時代が第一次世界大戦の直前であることから、戦争に突入した顛末、具体的にはサラエボ事件のメタ的な作品なのではないかと推測を立てて観ていた。
実際にサラエボ事件で暗殺される皇太子が登場して、混乱しながらも恐らく推測は合っているだろうと考え、エンディングを見て確信した。しかし、やはりわからない。
あまりのわからなさにラースロー監督のインタビュー記事などを読んだ。
その中で気になったことの1つは、混乱した時代を表現するのに物語を混乱させたということ。もう1つはドッペルゲンガー。
なるほど、鏡写しのように何度か画面に映りこむ物や人、サラエボ事件の写しである物語、そしてイリスはカルマンでカルマンはイリス。何を言っているのかわからないと思うが、そう、これこそが混沌。初めからわかるようには作られていないのだ。
何故だが自分の中で腑に落ちて、すると途端にとてつもなく面白いものを観たのではないかという気持ちが沸き起こった。
わからなかった。わかろうとのめり込んだ。これこそが面白さの正体。
暗い場面から窓を開け、明るい光を受けるシーンが何度かあるが、そのときの解放感は凄かった。忘れていた呼吸を取り戻し、安堵し、安らいだ。
まっ暗闇の迷路をさ迷い、ゴールの扉を開けた。この作品は、ただそれだけなのだ。
真っ暗なのだから迷路がどのようになっているのかわからないし、どう通ってきたかもわからない。わかるのは手で探った感触と時折聞こえる音だけだ。
迷った。迷いに迷った。迷路の全貌は全くわからない。息も苦しかった。体も辛かった。それでも自力でゴールの扉を開けた。いつもの自分の世界に安堵した。振り返り、面白い挑戦だったとしか思えなくなった。
物語を理解しよう、隠された意味を見つけようと、挑む者のための解けないパズル。
いわゆる普通の、ストーリーと映像と音楽がある作品しか楽しめない人は観てはいけない。
映画沼に嵌まっている、商業作品より芸術作品を好む、もう一般的な映画ファンと話が合わないよねと自覚しているくらいの病的な人向け。
ラースロー監督の次回作は映画館で観たいなあ。