「胸糞悪さが痛快なブラック・コメディ」女王陛下のお気に入り 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
胸糞悪さが痛快なブラック・コメディ
コスチューム劇と言えば、美しい衣装と絢爛な美術があって、作品自体に気品があって、ストーリーも誇り高い内容を想像されるし、ましてや実在の女王陛下をモチーフにしているなら尚更だという風に思うところ。しかしこの作品はコスチューム劇が持つ「美しくて品のいい映画」というイメージを真っ向から蹴り飛ばしにかかっているかのよう。そもそも監督が「ロブスター」を撮った人であるし(「ロブスター」の面白さはまったく理解できなかったものの)、一筋縄ではいかない映画なのは半ば当然というような感じ。
冒頭のシーンからして側近サラの従妹であるアビゲイル(エマ・ストーン)が汚穢まみれで蠅がたかったような姿で登場するし、アン女王陛下もまったくもって気高い女性なんかではなく、むしろ愚鈍で分別に欠く人物として登場している。そこから描かれる物語は、野心に満ちた者たちの醜い攻防であり、とても美しいとも気高いともましてや品がいいなんて印象はどこにもない。エンドロールの実に読みにくい文字フォントに至るまで何から何まで不愉快で胸糞が悪い・・・というのに、なぜか同時に極めて痛快でもあった。欺瞞だらけの物語で嘘偽りだらけの登場人物たちが生きる姿が、人間として実に正直でまっすぐに見えてくるのだ(少なくとも自らの野心には極めて正直だ)。美しく飾り立てられた所謂「コスチューム劇」という名の映画の中で、堅苦しいアクセントで回りくどい文章を口にし、お上品に振る舞う登場人物たちの方こそよっぽど嘘っぱちではないかと思えてくる。
こういう映画を見ると、すぐに「女同士の醜い争い」みたいな言い回しを使いたがる人が出てきそうで憂鬱になるが、いやいやこの映画みたいなことは男女問わずありますとも。作中でも、ニコラス・ホルト演じる青年などちゃんと醜い野心を剥き出しにしています。多分この映画は別に「女の争い」だとか「女同士の軋轢」だとかそういうことが言いたいんじゃなく、あくまで「人間同士」の愚かな足の引っ張り合いだったり、地位や立場を求めて策謀したりする人間の醜悪さといったようなものを痛烈に風刺していて、別にそれがジェンダーと直結するものという印象は受けなかった。なんなら、女性があそこまで自分の野心に正直でいられる社会なら、寧ろとっても健全では?と思ったくらい。
この映画に関しては、とにかくオリヴィア・コールマンがもう見ているだけで痛快で最高だった。顔つきから声の出し方からセリフ回しからその存在自体がもう痛快そのもの。実際のアン女王がどういう人物だったかは知る由もないが、この映画における実に間抜けな女王を抜群の喜劇センスから独自の解釈で演じていてそれはもう素晴らしかった。ごひいきレイチェル・ワイズとエマ・ストーンのかつてない挑戦的なパフォーマンスも見事に成功していてとても良かった。
好き嫌いがくっきり分かれそうな映画だなという感じはしたけれど、私にはこの毒っ気が逆に清々しく感じられ、役者の演技にも見所が多々あったので、印象が良かった。