「美しさと醜さが堂々と同居する歪んだ空間」女王陛下のお気に入り ありきたりな女さんの映画レビュー(感想・評価)
美しさと醜さが堂々と同居する歪んだ空間
ランティモス監督の前作『聖なる鹿殺し』が私は本当に生理的にダメだったので、ちょっと警戒しながら観てみたら、今回はかなり良くて勝手に安心した次第で…
じゃあ何が良かったのかと考えてみると、あくまで個人の意見だけれど、
監督の持つ技法やセンス="終始画面からはち切れそうな不穏な雰囲気を醸し出す感じ"
が、女同士の静かな闘い(しかも思ったよりドロッドロで下世話)や時代背景と融合していたからだと思う。
例えば、(撮影技法に明るくないので間違っているかもしれないが)魚眼レンズや広角レンズで捉えられた世界は、
「宮廷」というとても閉鎖的な空間を覗き見しているような客観性と背徳感を同時に感じるように思われたし、
彼女たちのいる世界の全ては、様々な意味でとても狭くて窮屈なのだと感覚的に訴えてくる効果を感じた。
画面そのものの大半はパッと見ると、時代こそ少しズレるがレンブラントの絵画のような、劇的なショットが散りばめられていてとても綺麗。
室内の調度品や衣装美粧に関しては本当に息を呑むほどの美しさ。
バロック音楽の響きもいい。不穏な雰囲気マックスになると、ずーっと同一の音をチェロかな?弦楽器が奏でていて美しくて不気味という素晴らしさ。
ゴブラン織か何かで沢山覆われた壁や、宮殿の整えられた庭や、女たちのドレスやアクセサリーのきらびやかな質感…
乗馬や狩りの際のスタイルも格好良かったし、個人的にサラさんの眼帯スタイル…めちゃくちゃ綺麗でした。目の保養。ありがとうございました。
さて、物語の中心は感情的で人生にも女王の立場にも疲れ切っているアン女王の寵愛の行く末である。
足の具合が悪いことや肥満も原因のようだけど、車椅子に乗っている女王はもはや自己の制御が利かなくなっていて、
車椅子を押す者=最初はサラ・最後はアビゲイル
によって実質支配されている哀しさや醜さを視覚的に見せている。
サラとアビゲイルのやりとりの様子は、相手には直接的というよりは遠回しな表現とか行動で表していくので、陰湿といえば陰湿。
2人が狩りをするシーンが特にもういやらしさ満点で好きだった…サラがアビゲイルをけん制するようなことを言えば、アビゲイルが撃った鳥の血がサラにかかったりとか…
あとは、最後は勝った?かのように思われたアビゲイルには、常に物理的に「落下」のイメージが付きまとっていて、どこまでもわかりやすく不穏な描写でよかったなあと。
まず登場シーンか馬車で落下だし、ハーリーに脅される所も屋外で蹴落とされるし、途中所々上り詰めていくに連れて階段を「上がったり」するんだけど、お部屋から下がるシーンが多いので必然的に降りていくシーンが多い。
きわめつけは、ラストシーンではないだろうか。立っているアン女王と、しゃがんで足を揉むアビゲイル。
足を揉む=途中からプラス女王への慰めサービス付きと解釈できると思うのだが、そう考えたらこのラストもめちゃくちゃ不穏だしスッキリしない。
アビゲイルは上り詰めたように思われるけれど、女王には立場はもちろん、物理的にも"下"に居て、下のお世話もするしかない。下世話だけれども。
かつて「梅毒持ちの兵士に体を売るくらいなら…」なんて言ってたけど、
結局前にいた売春宿とやっていることはほぼ変わらないのではないかと思うと、
果たして彼女は"上り詰めた"と言えるのか?と思ってしまう。
また、このシーンではうさぎと女王とアビゲイルのショットが重ねられるのも特筆すべき点で、
冒頭の方では女王が足の具合を悪くした晩の、女王とアビゲイルとサラの3人の様子が重ねられていたが、
ラストではうさぎに変わっている。
うさぎはアン女王の子供たちの代わりであるだけでなく、多産と繁栄の象徴としても昔から捉えられていることも踏まえると、
アン女王とアビゲイルの行く末を暗示するにはあまりにも皮肉すぎて滑稽。
この辺りは監督のセンスなんだろうな…
それを考えると、一度は売春宿に拾われてアビゲイルと逆転したり、最終的に宮廷から追い出されたりしても、いつもサラからは気品を感じるのは何故だろう…
女王に対してのサディスティックな一面や、公務において容赦なく人を切り捨て強引に意のままに操る面は「悪女」なのかもしれないけれど、アビゲイルと比べるとちょっと違う印象だった。
おそらく彼女の多才ぶりや、国家や女王のために働いているような面が感じられたからだと私は思う。
ラストで窓の外を見遣る視線のキリッとした美しさ、私はかなり強く焼きついたシーンだった。
後から調べたら、史実でもその後も資産運用したり、政治界を裏から支えたり、バリバリ活躍してたようなので流石生まれ持った資質が違うお方なのかも…
最後に個人的な感想を。
・カツラ姿の男性陣の見分けが割と途中までついてませんでした…ハーリーもマシャムもみんな頭もこもこやん…
というわけで、もしかしたら話を盛大に勘違いしてたら怖いな…
なんとなく議会のシーンでホイッグ党=黒髪、トーリー党=白髪のひとが多め?と思ったけど合ってます?
・章分けしてたのは意味があったのか…?タイトルも台詞をそのまま持ってきた感じだし…
章で区切りがちな監督というと、私はラース・フォン・トリアー監督のイメージが強くて、めっちゃ長丁場だしタイトルも意味深な感じだなあと思ってるので、それに比べるとなんなんだ?と思ってしまった。
・某サイトでアビゲイル=サークラ女子と書かれていて、めちゃくちゃ腑に落ちた。
この映画、英国王室という巨大国家レベルサークルをクラッシュする女の話だったんや…これあながち間違ってないと思う。
アビゲイルちゃん、「国がどうなろうとわたしには関係ない」ってはっきり言い放ってたもんなあと…